第七百六話 高橋悠里は晴菜から朝のホームルームの話を聞き、行方不明になっている生徒がいると知って目を丸くする



佳奈が抱える問題は、ものすごくシンプルに言うと『バレエ教室を続けるお金が無い』ということだ。

佳奈は中学生で、アルバイトはできない。

でも、悠里は中学生がお金を稼げる方法を知っている。


自分の膝に顔を埋めて泣いていた佳奈が顔を上げ、涙に濡れた目で悠里を見つめる。


「悠里ちゃん、背中撫でてくれてありがとう。もう大丈夫。……泣いたら、マスクが濡れちゃった。マスク取って泣けばよかった」


新型コロナのせいで、いつもいつでも不織布マスクをつけなくちゃいけなくて、だから思いっきり泣くこともできない。

佳奈が泣く羽目になったのも、泣いた後にマスクのことを気にしなくちゃいけないのも、全部、新型コロナのせいだ。


「保健室に行けばマスクもらえるかも。あと、タオルを借りて、顔を洗った方がいいと思う」


「うん、そうする。話を聞いてくれてありがとう。悠里ちゃんはもう戻って」


「わかった。昼休みにまた話せる? 私、中学生でも安全にお金を稼げる方法を知ってるの。銀行口座番号と通帳があれば登録できるんだよ」


「そんな方法があるの?」


「うん。昼休みに教えるね。じゃあね」


悠里は佳奈と別れて階段を上がる。

今さら急いでも遅刻だ。のんびり行こう。

中学生になって初めて、遅刻をしてしまった。

でも、あの担任教師は悠里が遅刻をしようと欠席しようと、気にも留めない気がする。


三階に上がった悠里はなるべく足音を立てないように廊下を歩く。

朝のホームルームは終わっただろうか。まだ一時間目が始まっていないといいけれど……。


1年5組の教室の後ろの扉をそーっと開けて、悠里は教室の中に足を踏み入れる。

教壇に担任教師の姿はない。

悠里は足早に自分の席につき、後ろの席の晴菜を振り返る。


「私の出欠、どうなったかわかる? やっぱり遅刻?」


「あたしが悠里は保健室に行ったって言っておいた。そしたらあの担任なんて言ったと思う? 『コロナじゃないでしょうね?』だって。家に帰ったらお母さんにそのこと伝えてクレーム入れてもらう。マジであいつ教師やめさせたい」


「クレームとかいいよ。私もあの担任嫌いだけど、大ごとにはしたくないし。佳奈ちゃんは? どうなったの?」


「誰も何も言ってないから、遅刻扱いだと思う。担任のあの反応だと、悠里も遅刻にされてそうだけど」


「それは仕方ないよ。他に連絡事項とかあった? 球技大会の競技の割り当てとか決まったって言ってた?」


「球技大会の競技の割り当てを書いたデータはそれぞれのノートパソコンに送ってるって。あと、行方不明になってる生徒がいるって言ってた」


晴菜の言葉に悠里が目を丸くした直後、一時間目の教科担任が姿を現した。

お喋りはここまで。

悠里は前を向き、通学鞄から学校用のノートパソコンを取り出して机に置き、起動した。



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