第七百四話 高橋悠里たちは、朝のホームルーム前に教室でお喋りをして南佳奈に怒鳴られる
火曜日。
悠里は、晴菜から、生徒会に勧誘した雫と真琴から良い返事を貰えなかったという話を聞きながら学校に向かう。
「生徒会ってかっこいい人いないの?」
「いない。拓海くん以外は『うーん……』っていう感じ」
「そっかぁ。だから氷川くんがはるちゃんと付き合って絶対別れず、女友達とも遊ばないってわかったら、女子がごっそり生徒会をやめちゃったんだね……」
「でも人は外見じゃない。性格が良ければワンチャン、モテ期到来するはず」
「美少女のはるちゃんがそういうこと言っても全然説得力ないからね。しかも付き合ってる氷川くんもかっこいいし……」
「拓海くんは性格も良いの。穏やかだし、あたしの話もちゃんと聞いてくれるし」
晴菜は嬉しそうに言う。
幼なじみで仲良しの晴菜が嬉しそうだと悠里も嬉しい。
でも、今、悠里が晴菜の惚気話のような自慢話のような恋バナを笑顔で聞けるのは、悠里自身が大好きな要と恋人同士でいられるからだと思う。
悠里にカレシがいなかったら、恋人と仲良くしている晴菜の話を笑顔で聞きながら、内心は羨ましくて寂しくて、傷ついていただろう。
「はるちゃんは、今日は部活に来る?」
「あたしは生徒会の手伝いに行く予定。堀内さんと浜辺さんの勧誘に失敗したから、あたしが拓海くんを手伝わないと……」
「そっかぁ。部活にはるちゃんいないの寂しいけど、仕方ないよね」
「悠里には藤ヶ谷先輩がいるでしょ? 同じ部活だし、同じサックスパートだし」
からかうように言う晴菜に悠里は笑み崩れた。
お喋りをしながら歩き、悠里と晴菜は学校に到着した。
1年5組の教室に足を踏み入れ、悠里と晴菜がそれぞれ、自分の席に鞄を置いていると堀内雫と浜辺真琴が近づいて来た。
「おはよう、悠里ちゃん、松本さん」
雫と真琴が声を重ねて言い、悠里は彼女たちに視線を向けて微笑んだ。
「おはよう、雫ちゃん、真琴ちゃん」
「おはよう」
晴菜も雫と真琴に挨拶を返す。
挨拶は人間関係の基本だと悠里は思う。
笑顔で挨拶を交わすと、少し仲良くなれた気がする。
「堀内さんも浜辺さんも、昨日は生徒会に来てくれてありがとう」
晴菜がそう言うと、雫と真琴は申し訳なさそうに眉を下げた。
「うちら、生徒会の手伝いを断ってごめんね」
「ちょっと……好みの男子がいなかったから……」
恋愛熱が高まっている雫と真琴は、イケメンとの出会いを求めている。
ハレエを習っていて忙しい彼女たちに、フツメンに割く時間などないのだ。
「今日と明日はバレエ教室があるからダメなんだけど、明後日は空いてるから、次は部活の見学に行こうと思ってるんだ」
「悠里ちゃんと松本さんは、かっこいい人がいる部活って知ってる?」
「吹奏楽部」
「生徒会」
雫と真琴に問いかけられた悠里と晴菜はそれぞれ、ノータイムで答える。
その答えを聞いた雫と真琴はため息を吐いた。
「そのかっこいい人って、悠里ちゃんと松本さんのカレシのことでしょ……?」
「うちらが求めてるのはカノジョがいないかっこいい人なんだよ」
「うるさい!!」
悠里は突然怒鳴られて、びっくりして瞬く。
悠里たちの会話に乱入してきたのは雫や真琴と仲が良い南佳奈だ。
佳奈は不機嫌そうにまなじりをつり上げ、雫と真琴を睨んでいる。
小学生の頃は可愛く編み込みにしていた髪は、乱雑に後ろで一つに結ばれていた。
久しぶりに間近で見る佳奈の変化に、悠里はなんだか胸が詰まるような悲しい気持ちになる。
「バレエ教室に行ってるんだから、バレエだけに集中しなよ!! 部活に入るとか無駄だから!!」
佳奈の大声は教室中に響き渡り、朝のホームルーム前のざわめいていた教室が一瞬、しんと静まり返る。
佳奈に一方的に怒鳴られた雫や真琴は佳奈を睨み返した。
「そんなこと、バレエ教室をやめた佳奈ちゃんに言われたくない」
「そうだよ。バレエだけに集中したいなら、自分がすればいいじゃん」
雫と真琴の言葉が静かになった教室に響く。
クラスメイトたちは興味津々で、あるいは心配そうに事の成り行きを見つめている。
「わたしはバレエ教室、やめたくてやめたわけじゃない!!」
佳奈は叩きつけるように叫んで、教室を出て行った。
「佳奈ちゃん、待って……!!」
悠里は席を立ち、教室を出て行った佳奈の後を追った。
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