第六百八十九話 高橋悠里は教室で晴菜にラッピングしたチョコチップクッキーを渡し、クラスメイトの女子二人に話しかけられる
月曜日。
きっと今日、中間テストの答案が返ってくるだろうと思いながら、悠里は幼なじみの晴菜とお喋りをしながら登校する。
悠里の通学鞄には、昨日祖母と焼いたチョコチップクッキーが入っていて、晴菜にサプライズでプレゼントする予定だ。
チョコチップクッキーは要の分もある。綺麗に焼けたチョコチップクッキーだけを選び、可愛くラッピングしているので、きっと喜んでもらえると悠里は思う。
1年5組の教室に入り、通学鞄から自分の机に学校で使うノートパソコンを取り出して机の上に置き、それから晴菜の分のラッピングしたチョコチップクッキーを取り出す。
「はい、はるちゃんっ。はるちゃんにプレゼントだよ」
悠里は机の上にノートパソコンを置き、スマホのメッセージをチェックしている晴菜にラッピングしたチョコチップクッキーを差し出した。
「どうしたの? これ。悠里が焼いたの?」
晴菜は悠里に差し出されたラッピングしたチョコチップクッキーを見て問いかける。
「うん。日曜日にお祖母ちゃんと焼いたの」
「要先輩のために?」
「はるちゃんと要先輩のために焼いたのっ」
「要先輩のついででも嬉しいよ。ありがとう。家で食べるね」
晴菜は悠里が差し出したラッピングしたチョコチップクッキーを受け取り、丁寧に自分の通学鞄にしまった。
「悠里ちゃん、おはよう」
悠里が晴菜にラッピングしたチョコチップクッキーを渡せてにこにこしていると、堀内雫と浜辺真琴が悠里の席に歩み寄り、雫が悠里の名前を呼んだ。
新型コロナが蔓延し始めてからは話す回数は減ったが、同じ小学校出身で、以前、悠里は祖母と一緒に彼女たちが出演するバレエの発表会を見に行って花束を渡したこともある。
ほっそりとしたシルエットの雫と真琴は数年、同じバレエ教室でハレエを習い続けてきたせいか、背格好や体格が似ている。
「おはよう。雫ちゃん、真琴ちゃん。佳奈ちゃんは一緒じゃないの?」
「佳奈ちゃんはまだ来てないみたい。あのね、うちら、この前会った、悠里ちゃんと一緒にいたかっこいい人のこととか聞きたくて」
雫の言葉に真琴も肯く。
「あのかっこいい人、悠里ちゃんのカレシでしょ? あの時、デート中だったよね。どうやって知り合ったの?」
「うちらもカレシ欲しくてっ。今、恋愛したい熱が上がってて」
真琴と雫が交互に言う。
悠里は恋人の要を自慢したいような、困ったような気持ちを抱えながら真琴と雫を見つめる。
「あの人は藤ヶ谷要先輩だよ。吹奏楽部の二年生。同じサックスパートで、それで付き合い始めたの」
「同じ部活かぁ。真琴ちゃん。うちらも部活に入ってみる? バレエ教室もあるから毎日は部活できないだろうけど」
「雫ちゃんと一緒の部活なら楽しそう。もう5月も終わるけど、今からでも入れる部活あるかなあ? 今さら部活に入ったら、うちら浮いちゃうと思う?」
「だったら生徒会はどう? この前、いろいろあって人がやめちゃったから、歓迎されるよ。あたしのカレシはあげないけど、生徒会、他にも男子はいっぱいいるから恋愛のチャンスはあると思う。生徒会は今、球技大会に向けて人を募集してるの」
悠里と雫、真琴の話を聞いていた晴菜が話に割り込んできた。
苦笑しながら晴菜の生徒会への勧誘話を聞いていた悠里は、教室に南佳奈が入ってきたことに気がついた。
南佳奈は堀内雫と浜辺真琴と同じバレエ教室に通っていて、教室ではいつも三人一緒にいる。
通学鞄を一番廊下側の最後尾にある自分の机に置いた佳奈が、悠里の席に集まっている雫と真琴を見た。
でも、佳奈は不機嫌そうな顔をして自分の席に座ってしまった。
悠里の席に来たら、久しぶりに佳奈と話せるかと思ったのだけれど……。
「悠里、どうしたの?」
廊下側の最後尾の席にいる佳奈を見ている悠里に、真琴と雫の生徒会への勧誘を終えた晴菜が問いかける。
「今、佳奈ちゃんが教室に入ってきたからこっちに来るかなって思ったんだけど……」
「最近、佳奈ちゃん機嫌悪いし、放っておいていいと思うよ。悠里ちゃん」
「そうなの? 佳奈ちゃん、何かあったの?」
「わかんない。佳奈ちゃん、聞いても答えてくれないし。バレエ教室やめてからだよね。機嫌悪くなったの」
「えっ!? 佳奈ちゃん、バレエ教室やめちゃったの!?」
真琴の言葉に悠里は驚いて思わず叫ぶ。
その直後、担任教師が教室に入ってきて、慌てて雫と真琴は自分の席に戻った。
朝のホームルームが始まる。
悠里は、佳奈が楽しそうに踊っていた小学三年生の時のバレエの舞台を思い出しながら、小さくため息を吐いた。
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