第五百八十五話 マリー・エドワーズは『白ツメクサ』と『恋ツメクサ』が風に揺れる中でノーマの幼なじみのロビーと話す



「場所を変えよう」


ロビーはマリーから目を逸らしながら言って、踵を返して歩き出す。

マリーはロビーの後に続いた。


幼女のマリーの歩く速度を考えてくれているのか、ゆっくりと歩いてくれているらしいと気づいたマリーは、少しだけほっとしてロビーの背中を見つめる。


ロビーは収穫を終えたラブリーチェリーの木の下で足を止めた。

ロビーとマリーの足元には白いシロツメクサに似た花の『白ツメクサ』とピンク色のシロツメクサに似た花の『恋ツメクサ』が風に揺れている。


『白ツメクサ』と『恋ツメクサ』は風月になるとグリック村とグリック平原に咲く花で、薬の材料にもなり、また、グリック村の子どもたちが花を摘んで首飾りや指輪を作って遊んだりする。


ロビーはマリーを振り返り、口を開いた。


「それで、話って? 俺は『アルカディアオンライン』でプレイヤー同士、交流するつもりとか無いから正直、関わってこられるのめちゃくちゃ迷惑なんだけど」


「ロビーさんはNPCとだけ交流しながら『アルカディアオンライン』を楽しみたいと思ってるってことですか?」


マリーの言葉にロビーは肯く。


「だったら、ちゃんと『ロビー』として振舞ってくださいっ。ロビーさんにもプレイヤーが憑依する前の記憶、ありますよね?」


「なんで俺が『ロビー』の真似しなくちゃいけないんだよ。俺は『俺』として、ノーマと恋愛するために『アルカディアオンライン』をプレイしてるんだ」


不快さを隠そうともせず、マリーを睨みつけてロビーが言い放つ。

NPCロールをすると言いながら、NPCであるノーマを全く気遣うことのないロビーに、マリーは怒りを覚えて口を開いた。


「ノーマさんはロビーさんが聖人になる前と後で別人になっちゃったって怖がってるの!! 悲しんでるの!! 大事な幼なじみの中の人が変わったことに気づいてるんだよ!!」


悠里はプレイヤーだから、NPCのロビーとプレイヤーが憑依しているロビーが別人だと理解できる。

でもノーマはNPCだ。ゲーム内で、人生を真剣に生きている女の子だ。

以前のロビーと今のロビーが完全に『別人』だなんて思わないし、考えもしないはずだ。

ロビーはわめきまくるマリーを不快そうに見つめて口を開く。


「ノーマは、今は、俺との友好度が低い状態だから俺への態度がぎこちないけど、友好度が上がれば態度も変わる」


「もおおおおおおおおおおおおおっ!! この人、話通じないんですけど!! ノーマさんはNPCだけど、一人プレイ用のギャルゲーとか乙女ゲーとかの攻略対象とは違うの!! 心があるの!! なんでわかんないの!?」


「ノーマはゲームキャラなんだから、プレイヤーの俺が好意を寄せたら同じように好意を返すように設定されてるだろ? 『最愛の指輪』を指に嵌めていないNPCであれば、恋人同士になって俺の『最愛の指輪』を贈ればずっと俺を好きでいて貰える」


頑なに言うロビーの顔を見ていたマリーは、怒りが少しずつおさまってきた。

怒っていても、問題は何も解決しない。

マリーはなるべく穏やかな声音で話そうと心掛けながらロビーを見つめて口を開いた。


「ロビーさん。ノーマさんのロビーさんへの友好度が低いうちだけでも、以前の『ロビーさん』の真似をするとかできない? ノーマさんは以前のようにロビーさんに『ノーマちゃん』って呼んで貰えたらほっとすると思うんだけど……」


「以前のロビーは、力も無くて気が弱くて、夜が怖くて泣くし、腕力が無いから畑仕事では役立たず。教会に行ってぼーっとしてたり、教会で配られた教科書ばっかり見てるような奴だぜ。絶対に今の俺の方が男としてイケてると思う」


「そうなんだ……」


以前のロビーは『陰キャ』で今のロビーは『陽キャ』ということだろうかと悠里は雑に理解する。

人の好みはそれぞれで、ノーマは『陰キャ』のロビーが好きだということなのだろう。今のところは。


「今の俺はプレイヤーとしてスキルポイントを使って能力値を上げることもできるし、便利なスキルをゲットしてノーマやロビーの家族を助けることができる。村の奴らだって、今の俺を頼りにしてるんだぜ」


ロビーに穏やかに接しようと試みているマリーの気持ちが通じたのか、ロビーを包む刺々しい雰囲気が和らいだ。

ロビーの中の人は、彼なりにノーマを大切に想っているようだ。

でも、それは、ロビーの独りよがりな感情で、ノーマが望むことではない……。


ノーマが望んでいるのは以前のロビーと生きることだ。

今のロビーとの友好度が上がればノーマの気持ちは変わるかもしれない。

でも、今、ノーマはロビーが以前と別人のように変わってしまったことで、不安を感じて苦しんでいる。


俯いて黙り込んだマリーを見て、ロビーは口を開いた。


「俺さあ、リアルで失恋したんだよ」


突然、リアルの自分の個人情報を語り出したロビーに驚き、マリーは顔を上げて彼の顔を見つめる。

ロビーはマリーの困惑をよそに、話を続けた。


「だから『アルカディアオンライン』ではリアルの人間関係とか持ち込みたくないと思ってるし、ノーマと『リアルで俺がしたかった恋』をしようと思ってる。『アルカディアオンライン』はプレイヤーのための仮想世界だ。NPCはプレイヤーの願いを叶え、踏み台になるために存在する。そうだろ?」


ロビーの言葉にマリーは反論できず、言葉に詰まる。

そうだ。ロビーの言う通りだ。

『アルカディアオンライン』で、プレイヤーが架空のゲームキャラのNPCにおもねる必要なんて無い。

プレイヤーが主役で、NPCが脇役。

でも、だけど……。


ノーマがあんなに不安そうにしているのに。

ノーマがあんなに悲しそうにしているのに。

マリーとノーマは友達なのに……!!


ノーマのために何もできない自分が悲しくて情けなくて、マリーの目に涙が滲んだ。


***


風月14日 早朝(1時47分)=5月21日 23:47



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る