第五百八十四話 マリー・エドワーズと真珠を乗せた荷馬車がグリック村に到着し、マリーたちはノーマの幼なじみに遭遇する



マリーと真珠は『銀のうさぎ亭』の前に停まっている荷馬車を見てはしゃぎ、ノーマは、ノーマには見慣れた荷馬車を見て大喜びしているマリーと真珠を微笑ましく思いながら見つめる。


ノーマの父親はマリーを抱き上げて荷馬車の荷台に乗せ、それから真珠を抱き上げて荷台に座るマリーの隣に乗せた。


「マリーさん、シンジュくん。荷台は少し揺れるかもしれない。マリーさんは荷台の縁にしっかりと捕まって、シンジュくんは……」


「くぅん……」


真珠は荷台の縁に捕まれない……。

困った顔をするノーマの父親と項垂れる真珠を見たマリーは、真珠を自分の身体の前側に座らせ、両足でしっかり真珠の身体を支えてその上で荷台の縁をしっかり掴んだ。


「村長さんっ。私も真珠も準備オッケーです!!」


「わんわんっ!!」


マリーの両足に挟まれた真珠も元気に吠える。

ノーマの父親はマリーと真珠に微笑み、ノーマは御者台に座った。

ノーマの父親はノーマの隣に座り、手綱を握って馬に走るように促す。


荷馬車がゆっくりと動き出す。

マリーと真珠は荷台に座って見る景色が新鮮で、目を輝かせた。


ノーマの父親が手綱を握る荷馬車は港町アヴィラの東門で検閲を受けて街の外に出た。

荷馬車はゆっくりとした速度でグリック平原に向かう。


グリック平原の道は石畳等はなく、でこぼこした土の道で、マリーと真珠は荷台が揺れるたびに少し身体が浮いて、その後にお尻を打つということを繰り返している。


『アルカディアオンライン』はプレイヤーの痛覚設定が0パーセントのゲームなので、マリーと真珠のお尻に痛みはないが、ステータス画面に表示されたマリーのHPは地味に1ずつ減っている。


マリーの残りHPが7になったところで、荷馬車はグリック村に到着した。


モンスターにも遭遇せず、草原を吹き渡る気持ちの良い風を頬に感じながらの楽しい道行きだったが、まさか荷台に乗っているだけでHPにダメージを受けるとは思わなかった。

以前、クレムに貰って真珠に飲ませた飲み残しの初級体力回復薬を飲む前にグリック村に到着してよかったとマリーは安堵した。


「ノーマ!! おかえり……っ!!」


荷馬車の御者席に座っているノーマに気づいたらしい少年が、ノーマの名前を呼びながら走ってきた。

ノーマはマリーに視線を向けて小さく肯く。

どうやら彼が、ノーマの悩みの種である彼女の幼なじみのようだ。


「真珠。荷台から下りよう」


マリーは両足で挟んでいた真珠を解放して言い、真珠はマリーに肯いて荷台から身軽に飛び下りた。

マリーも荷台からジャンプして着地する。……転ばなかった!!

ノーマも御者席から下り、ノーマの父親は荷馬車に乗ったまま村の中に入っていく。


「ロビー。ただいま」


ノーマはぎこちない笑みを浮かべて、彼女の幼なじみの少年であるロビー・アールに言った。

マリーの目から見たロビーは優しげな顔立ちだが日に焼けていて、人懐っこそうな印象だ。


ロビーの左手の中指には『聖人の証』が無い。

NPCのロールプレイをしたいという意思表示だろうか。

プレイヤーのマリーの目には、ロビーの左腕に『不滅の腕輪』が見えるので、彼が『プレイヤー』であることは間違いない。


「ロビー。こちら、マリーちゃんとシンジュくんよ。私の友達で、マリーちゃんはあなたと同じ聖人なの」


ノーマがロビーにマリーと真珠を紹介する。

マリーと真珠は初対面のロビーに紹介され、緊張しながら彼を見つめた。

だがロビーはマリーと真珠を一瞥もせず、ノーマだけを見つめて口を開いた。


「ノーマ。俺は聖人になったかもしれないけど、ほら、この通り、左手の中指にあった痣もいつの間にか消えたし、ノーマと変わらない存在だよ。だから『聖人』と呼ばれる人と関わるつもりは無いんだ」


初対面なのに拒否られた……!! ひとことも話してないのに!!

挨拶もしてもらえず、マリーや真珠と視線すら合わせないなんて……!!


ロビーの強い拒絶にマリーはショックを受け、真珠はショックを受けているマリーを庇うために前に出て唸る。


「ロビー!! 私の友達のマリーちゃんとシンジュくんを無視しないで!! ちゃんと挨拶して!!」


穏やかで優しいノーマが、幼なじみのロビーのひどい態度に憤り、怒る。

ノーマに怒られたロビーは怯んだ。

マリーは自分を庇って唸る真珠の頭を撫でた後、ノーマに視線を向けて口を開く。


「ノーマさん。私とロビーさんを二人にさせて。真珠と一緒にノーマさんの家で待ってて欲しいの」


「マリーちゃんっ。でも……っ」


「わうー。きゅうん……」


「大丈夫。聖人同士じゃないと通じない話がしたいの。お願い」


マリーは心配そうに自分を見つめるノーマと真珠に微笑んだ後、ロビーに視線を向けて口を開く。


「ロビーさん。5分だけ話をさせてください。いいですよね?」


「……わかった」


顔をしかめながら、それでもロビーはマリーの言葉に肯いた。

マリーはノーマに視線を向けて口を開く。


「ノーマさん。真珠のことをお願い」


「……うん。シンジュくん。行こう」


ノーマはマリーが引かないことを悟り、真珠に歩み寄って両手を広げる。

真珠は心配そうにマリーを見ていたが、マリーが真珠に微笑んで肯くのを見て肯きを返し、そしてノーマの腕の中に飛び込む。

ノーマは真珠を抱っこしてゆっくりと歩き去った。


グリック村の入り口で、マリーとロビーが向かい合う……。


***


風月14日 早朝(1時32分)=5月21日 23:32



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