第五百七十三話 マリー・エドワーズと真珠、クレムは検閲の列に並びながら雑談をして待ち、ギルドカードを提示して西門を出る



真珠を抱っこしたマリーとクレムは西門を出るための列の最後尾に並んだ。


リアルでは金曜日の夜、土曜日が休みの学生プレイヤーや社会人プレイヤーがゲームをプレイしているはずだが、今、列に並んでいるのはNPCの方が多いようだ。

マリーは列を眺めながら口を開く。


「なんか、列に並んでるプレイヤーの数が少ないね。長蛇の列じゃなくて嬉しいけど」


「プレイヤーはたぶん、今発生してるワールドクエストに参加してるんだろ」


クレムの言葉を聞いたマリーは眉をひそめて口を開く。


「今発生してるワールドクエスト『ヘヴン島の女王 ヘヴン島の覇権をめぐる攻防』のボス敵の女NPCは『聖人殺しの短剣』を持ってるって情報屋さんから教えてもらったから私は関わりたくないなあ」


「ボス敵が『聖人殺しの短剣』を持ってるってマジか。まあ、自分の主人公に愛着が無ければフツーに転生すればいいから、別にいいのか」


真珠を抱っこしたマリーとクレムが喋っていると、ゆっくりと列が前に進んでいく。

マリーたちの後ろに並ぶプレイヤーもNPCもいない。


「クレムは『クレム』に未練とか愛着とかないの?」


首を傾げて問いかけるマリーに、クレムは少し考えて口を開いた。


「オレは錬金スキルとMP最大値の引継ぎができればいいかなっていう感じだけど、でもやっぱり『クレム』は好きかな。まだ『クレム』でプレイしていたい」


「わかる。私も『マリー』が好き」


「『わんわぅ』わうっ」


クレムもマリーも真珠も、皆『自分』が好きだ。

それはとても素敵なことだと悠里は思う。


「そろそろギルドカードを出しておこうぜ」


検閲の順番が近づいてきたことを見て取ったクレムがそう言って、アイテムボックスから錬金術師ギルドのギルドカードを取り出す。

マリーは抱っこしていた真珠をそっと地面に下ろし、アイテムボックスから狩人ギルドのギルドカードを取り出した。


クレムとマリーは検閲を担当している女性兵士NPCに身分証になるギルドカードを見せ、女性兵士NPCに不安そうな顔をされながら西門を出た。


クレムもマリーも、中指の付け根の天使の羽根のような痣を女性兵士NPCに見せて聖人であることを示したので、かろうじて街の外に出ることを許されたのだ。

オレンジ色の空の下、西の森に向かって歩きながらクレムは唇を尖らせる。


「本当、この西門の検閲が面倒くさいよな。子どもを守ろうとする心意気は大事かもしれないけど、オレらはプレイヤーなわけだし、死なないんだから好きにさせてほしいよな」


「『アルカディアオンライン』って頑なに不便な仕様を貫くよね……。でも私、列に並んでる間、クレムと真珠とお喋りするのとか楽しかったよ」


「わんわんっ」


マリーの言葉に真珠も肯いて尻尾を振った。

楽しそうなマリーと真珠を見てクレムの気分も上がる。

機嫌を直したクレムはマリーや真珠と共に、足取りも軽く西の森に向かった。


***


風月13日 夕方(4時32分)=5月21日 20:32



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