第五百六十四話 高橋悠里は要と通話してユリエルがまだ港町アヴィラの領主館にいることを知り、晩ご飯に『牡丹鍋』を食べながらなぜ猪肉を『牡丹』というのか疑問に思う



「悠里ちゃん?」


コール音7回目で要が出た。

悠里はほっとして表情を緩め、口を開く。


「要先輩っ。よかった。えっと、メッセージも送ったんですけど、どうしても伝えたいことがあって」


「メッセージ、まだ見れてないんだ。ごめんね。晩ご飯の買い出しに行って、カレー作ってたからスマホも見てないし『アルカディアオンライン』にもログインできてなくて……」


「じゃあ、ユリエル様はまだ港町アヴィラの領主館にいるんですか?」


「うん。まだヘヴン島には行っていないよ」


「よかった……。えっと、メッセージにも書いたんですけど今、ヘヴン島でワールドクエストが発生してて。そのワールドクエストに関連するNPCの『モイラ・レッドモンド』がプレイヤーの主人公を殺すことができる錬金武器『聖人殺しの短剣』を所持しているって情報屋さんから聞いたんです」


「そうなんだ。だから心配して直電してくれたんだね。ありがとう。そのワールドクエストが終わるまではヘヴン島に近づかないようにするよ。俺、ユリエルのことを気に入ってるし、できればプレイヤーキャラとして使い続けたいと思ってるから」


「私も、ユリエル様もマリーのことも大好きですっ。錬金武器『聖人殺しの短剣』って本当に怖いですよね……」


「そうだね。ゲームだからスリルがある方がいいプレイヤーもいると思うし、NPCにもプレイヤーに対抗する手段があった方がいいとは思うけど、主人公を変えたくないプレイヤーは用心しないとね」


「はいっ。要先輩、晩ご飯の支度で忙しいのに直電しちゃってすみません。料理作れるなんて尊敬します……っ」


「あんなにおいしいお弁当を作れる悠里ちゃんの方がすごいよ。うちの母親に『今日の昼ご飯どうしたの?』って聞かれて『悠里ちゃんがお弁当を作ってきてくれて食べた。おいしかった』って言ったら俺ばっかりずるいって拗ねてさ……。それで晩ご飯の用意したくないっていうから、俺が買い出しに行ってカレーを作ってたんだ」


「要先輩のお母さん、自由な人なんですね。でも要先輩の手作りカレーを食べられるなんて羨ましいです……」


「たぶん俺と母親だけではカレー、食べ切れないと思うんだ。もしよかったら明日の昼、うちに来る?」


「いいんですか……っ!?」


「あ、でもうちの母親が浮かれて悠里ちゃんに乙女ゲームの話をしまくるかも……。悠里ちゃんに迷惑掛けまくる未来が見える……」


「それは……ちょっとハードル高いです……」


要の言葉を聞いて悠里は項垂れた。


「だよね。じゃあ、カレーの写真を撮って送るね」


「はいっ。楽しみにしてます……っ。じゃあ、通話を終了しますね」


「うん。またね」


悠里は要との通話を終了して息を吐く。


「ユリエル様がまだ港町アヴィラの領主館にいることがわかってよかった……。ほっとしたらお腹空いた。晩ご飯、食べに行こう」


悠里はスマホを充電してダイニングに向かった。


ダイニングでは父親と悠里以外の家族が勢ぞろいして卓上のガスコンロの上に置かれた土鍋で煮えている、牡丹鍋を堪能していた。


「お鍋、おいしそう……!!」


「おいしいわよ。悠里も早く食べなさい」


「はあい」


母親の言葉に悠里は間延びした返事を返し、自分の席について食事を始めた。

牡丹鍋をおいしく食べながら、悠里は口を開く。


「そういえば、なんで『牡丹鍋』っていうの? 『牡丹鍋』のお肉って猪肉なんでしょ? 猪のお肉だから『猪鍋』でよくない?」


悠里の言葉に母親は首を傾げる。


「さあ……。あとでネットで調べてみたら?」


「そこまでして知りたくない。面倒くさい」


悠里は疑問を抱くものの、自分で頑張って調べて答えを知りたいというほどではない。

祖母は悠里の疑問について考えながら口を開いた。


「昔はお坊さんはお肉を食べてはダメって言われていたのよね。それでもお肉を食べたい人たちが『これは猪肉ではなく牡丹です』という風に言ってごまかしたのかしら?」


祖母の言葉に悠里は苦笑して口を開いた。


「お祖母ちゃん。それめちゃくちゃな理論だよね。誰も騙されてくれなくない? だってお肉と花は違うでしょ?」


「そうね。じゃあ、お店で猪肉をお皿に綺麗に、花のように盛り付けるから『牡丹鍋』と言うようになったのかしらね」


「戦国時代には獣肉を食べることが禁止されてたんじゃないか?」


祖母に続いて祖父が言う。

祖父は歴史小説や大河ドラマが好きなので、戦国時代の知識があるのだろう。

歴史小説にも大河ドラマにも興味が無い悠里は祖父の言葉に生返事で応える。

その後は、その場にいる家族全員が牡丹鍋を食べることに集中した。


「ごちそうさまでした」


家族の中で一番早く食べ終えた悠里はそう言って、自分が使った食器を洗うためにキッチンへ行こうと立ち上がる。

母親が悠里に視線を向けて口を開いた。


「悠里。今日は私が悠里の分の食器も洗うから、そのままにしていていいわよ」


「えっ!? お母さんが私の食器を洗ってくれるなんて、なんで!?」


「お昼ご飯を食べた後、悠里とお祖母ちゃんが後片づけをしてくれたから、そのお礼」


「ありがとう……!!」


悠里は母親に輝くような笑顔を見せてお礼を言う。

母親の気が変わらないうちに、食器洗いを任せてしまおう!!

そう思いながら悠里は素早くダイニングを出て洗面所に行き、歯を磨いてトイレを済ませた。



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