第五百五十六話 マリー・エドワーズと真珠は教会に死に戻り、真珠はお気に入りの椅子が心配で『銀のうさぎ亭』までひた走り、マリーは必死に真珠の後を追う



気がつくと、マリーは教会にいた。真珠も一緒だ。


「なんで私、死んだの……?」


マリーは呆然として呟く。

ただ『クリーン』を使ってノーマが使った木のコップを綺麗にしようとしただけなのに……。


「くぅん……? ……わう!!」


真珠も首を傾げてマリーと自分が死んでしまった理由を考えていたが、お気に入りの椅子を食堂に置きっぱなしにして教会に死に戻っていることに気づいて、慌てて駆け出す。


「真珠!! 待って……!!」


マリーは突然走り出したテイムモンスターの真珠に呼びかけた。

だが、真珠は足を止めない。


「真珠……っ!!」


全速力で走って行く真珠を、マリーは必死に追いかける。


レアモンスターの『白狼』である真珠は初期値パラメータが実は高く、種族レベルが低い今でもAGI値が高い。

いつもは主のマリーの様子を見ながら走るが、今の真珠は、祖父が真珠のために作ってくれたお気に入りの丸椅子が心配で、マリーのことは頭に無かった。


真珠は瞬く間に教会を走り出て『銀のうさぎ亭』を目指し、大通りをひた走る。


『風月』は暑すぎず、からりと乾いた空気で過ごしやすい季節だ。

時間帯は真夜中から早朝に移り変わろうとしている。

やわらかな風が頬を撫でる心地よい季節だが、今のマリーには風を心地よく感じる余裕は全く無い。


マリーは必死で腕を振って走り、真珠を追いかけた。

マリーはAGI値が大きく上がる『疾風のブーツ』を履いているのだが、真珠との距離は開くばかりだ。


全速力で駆け通した真珠は『銀のうさぎ亭』の前で立ち止まる。

真珠は『銀のうさぎ亭』の扉を開けられない!!


「真珠……。足……速すぎ……っ」


真珠がお座りをして悲しげに扉を見つめていると、ようやく真珠に追いついたマリーが肩で息をしながら真珠の前にしゃがみ込む。


「わうー。きゅうん……」


縋るようにマリーを見つめて扉が開けられない悲しみを訴える真珠にマリーは肯き、口を開いた。


「うん。そう、だね。真珠は扉、を……開けられ、ないね……っ」


息を切らしながら言うマリーの言葉に、真珠は項垂れる。

マリーは走り通して疲れた太ももに力を入れて立ち上がり『銀のうさぎ亭』の扉を開けた。

真珠が食堂を目指して走り出す。


「私……もう、走れない……」


マリーはよろめきながら、真珠の後をのろのろと追いかけた。


マリーが『銀のうさぎ亭』の食堂に足を踏み入れると、真珠は自分の丸椅子の前でお座りをしていた。

テーブルの上に置いてあった木のコップや皿、床に置いてあったすでに平皿は片づけられている。

酒を飲んでいた客の姿はなく、代わりに朝食を食べる食博客の姿がちらほらと見える。


マリーは真珠と丸椅子に近づき、丸椅子を左腕の腕輪に触れさせて収納した後、疲れ果てて床に座り込んだ。



***


風月13日 早朝(1時07分)=5月21日 17:07



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