第五百五十三話 マリー・エドワーズと真珠は『銀のうさぎ亭』の食堂でノーマからの相談を聞く
マリーと真珠、ノーマは『銀のうさぎ亭』の食堂に足を踏み入れた。
『銀のうさぎ亭』の食堂には長方形のテーブルが四つ並び、背もたれの無い四角い椅子がテーブルごとに八脚ずつ置かれている。
店内に飾り気は全く無いが掃除が行き届いていて清潔感がある。今は夜なので、それぞれのテーブルとキッチンの棚に置かれたランプの光が揺れている。
今日は酒を飲んでいる客は二人だけで、食堂内は静かだ。
マリーは客が座っていないテーブルに歩み寄り、真珠とノーマがマリーの後に続く。
マリーとノーマはテーブルに備え付けられた背もたれの無い四角い椅子に座ったが、真珠は四角い椅子の前にお座りをしたまま動かず、口を開く。
「わうー。わんわぅ、わうっ」
「はいはい。真珠の丸椅子ね」
マリーは真珠の言いたいことを正しく理解した!!
そしてマリーはアイテムボックスから、祖父が真珠のために作った丸椅子を取り出して置く。
「わんわぅ、わう!!」
真珠は丸椅子を見て尻尾を振り、ノーマに椅子を自慢した。
ノーマは真新しい丸椅子と、得意げに胸を張り、尻尾を振る真珠を見比べて微笑し、口を開く。
「シンジュくんの椅子、素敵ね」
「わんっ」
ノーマに自慢の椅子を褒めてもらって誇らしく思いながら、真珠は祖父が作ってくれた丸椅子に飛び乗った。
ノーマの話を聞く体勢を整えたマリーと真珠は、揃ってノーマを見つめる。
ノーマはマリーと真珠の目を見返して口を開いた。
「あのね。私の幼なじみが『聖人』になったの。彼の中指の付け根には、マリーちゃんと同じ天使の羽根のような痣があるのよ」
悠里は『アルカディアオンライン』のプレイヤーがノーマの幼なじみを『主人公』に選んでプレイを始めたのだと理解した。
真珠はおとなしくノーマの話を聞いている。
「それでね。聖人になった幼なじみが、まるで別人のように変わってしまって。でも、彼を別人のようだと思うのは私だけで、私以外の誰も、彼の性格が変わったことを気にしていないの。死ぬかもしれない病を克服してくれただけで嬉しいって、皆、そう言うのよ」
ノーマはそう言いながら俯き、膝の上で揃えた両手をぎゅっと握りしめた。
「わーう。きゅうん……」
真珠は悲しそうなノーマを見てどうしていいかわからず、主のマリーを縋るように見つめる。
マリーはノーマの幼なじみを主人公に選んでプレイしているプレイヤーが『主人公のロールプレイをしないでゲームを楽しむタイプ』だと見当をつけて口を開いた。
「ノーマさん。幼なじみの人が変わったところってどこ? 思いつくことだけでいいから教えて欲しいの」
「彼は自分のことを『僕』と言っていたのに、今は『俺』と言うの。それに、気が弱くて優しい性格だったのに、村の皆とも積極的に話して、力仕事もこなすようになって、本当に別人みたいなの。私のことを『ノーマ』と呼び捨てにするようになって……」
「前はノーマさんを呼び捨てにしてなかったんだ?」
マリーの問いかけにノーマは肯き、口を開く。
「そう。彼は、以前は私のことを『ノーマちゃん』って呼んでた。村の女友達は、以前の彼より今の彼の方がいいって言うの。死ぬかもしれない病を克服して、逞しくなったんだろうって。でも私は、以前の彼に戻ってほしい……」
「ノーマさんはその人のことが好きなの? 恋人なの?」
5歳の幼女から『恋人なのか』と問いかけられてノーマは戸惑う。
考えたが答えは出ず、ノーマは力無く首を横に振った。
「付き合うとか、そういう約束はしていないの。でも、私はずっと、優しい彼と一緒に生まれ育ったグリック村で生きていくと思っていたような気がする」
これはもう、マリーがそのプレイヤーと接触をしてフレンド登録をして、ノーマのためにノーマの前では『主人公のロールプレイ』をしてほしいと頼むしかない。
項垂れたノーマを見て、真珠も項垂れてしまっている。
***
風月12日 真夜中(6時45分)=5月21日 16:45
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