第五百四十五話 高橋悠里は祖母の手作りミニパンケーキを食べて、母親の『アルカディアオンライン』の話を聞く



祖母と母親がダイニングに戻ってきた。


祖母はカスタードクリームを添えたミニパンケーキが乗った皿とナイフ、フォークを四人分乗せたトレイを持ち、母親は悠里にカフェオレを用意してくれたようだ。


祖父と仲良くマカダミアナッツのチョコレート菓子を食べていた悠里は、正方形の箱を持ち、自分の席に戻った。

祖父は十分にマカダミアナッツのチョコレート菓子を食べて満足し、祖母の手作りミニパンケーキを楽しみにしている。


祖母が家族それぞれの席にカスタードクリームを添えたミニパンケーキが乗った皿とナイフ、フォークを置き、母親は悠里の席にカフェオレを置いた。


「パンケーキ、おいしそう……っ。お母さんも飲み物、ありがとう」


「どういたしまして」


お礼を言う悠里に母親が微笑んで自分の席についた。

悠里は祖母に視線を向けて口を開く。


「このカスタードクリームってバナナとカスタードクリームを挟んだサンドイッチに使ってたやつ?」


「そうよ。お弁当のサンドイッチに使ったカスタードクリームが余ったから、パンケーキに添えてみたの」


祖母はそう言って微笑み、自分の分のミニパンケーキが乗った皿とナイフ、フォークをテーブルに置き、トレイを持ってキッチンへ向かう。


「いただきます」


祖母はそう言ってナイフを右手に、フォークを左手に持った。

母親と祖父はすでにミニパンケーキにカスタードクリームを乗せて食べている。


高橋家は温かい物は温かいうちに、冷たい物は冷たいうちに食べるという家族ルールがあるので、家族全員席に座り、一斉に食べることにはこだわらない。


トレイを片づけた祖母がダイニングに戻り、ミニパンケーキにカスタードクリームを乗せて食べ始めた。


「ごちそうさま」


一番早く食べ終わった祖父はコーヒーを飲み干して空になったコーヒーカップと自分が使ったナイフとフォークををミニパンケーキが乗っていた皿の上に置き、席を立つ。


祖父は汚れた食器をキッチンの流し台に持っては行くけれど、きっと食器は洗わず放置するのだろうなあと思いながら、悠里はミニパンケーキにカスタードクリームを乗せて口に運んだ。


「『アルカディアオンライン』の話なんだけどね」


唐突に、母親が話を始める。


「私、すごい美形キャラに会っちゃったのよ。色白で、はかなげな美貌っていうの? そんな感じ。それでね、そのイケメンキャラが私を見て『キャシー』って言って抱きしめたのよ」


「えええっ!? お母さん、抱きしめられちゃったの!?」


「恋愛ドラマみたいで素敵ねえ」


ゲームで美形NPC……プレイヤーじゃないよね……に抱きしめられるのは浮気になるのだろうか。

悩み始める悠里をよそに、母親が話を続ける。


「でもね、私のゲーム内の主人公の名前は『アンジー』なのよ。『キャシー』じゃないの」


「変ね。名前を間違って覚えているのかしらね?」


母親の話を聞いた祖母が首を傾げた。

母親は話を続ける。


「雰囲気に流されて、訂正しないでいるうちにね、侍女長がその美形キャラを連れて行っちゃったのよ」


「えっ!? グラディス様が……っ!?」


悠里はびっくりして瞬いた。

悠里の言葉を聞いた母親は眉をひそめ、口を開く。


「侍女長の名前は『グラディス様』じゃないわよ。カ……カ……なんとかよ。とにかくカから始まる名前だったと思うわ」


「私、港町アヴィラの侍女長のことかと思ったんだけど、違うの?」


悠里は母親に問いかける。

母親は悠里を見つめて口を開いた。


「違うわよ。私が言ったのは花の町カーヴァーの領主館の侍女長のこと。私の主人公は花の町カーヴァーの領主館で侍女をしてるの。18歳の美少女よ」


「お母さん、家事嫌いなのに侍女なんて、大丈夫なの……?」


悠里は港町アヴィラの領主館で慌ただしく働く侍女NPCのナナのことを思い浮かべながら問いかける。


「主人公のグラフィックがものすごく好みだったから、深く考えずに選んじゃったのよ。でも後悔はしてないわ。だって仕事が嫌になったらサボればいいし、リアルに逃げてもいいんだもの……っ」


「ゲームとはいえ、こんな使用人を使う領主が不憫ね……」


全力で怠惰に生きる宣言をした母親に、祖母が憐れむような目を向けて言う。

母親は祖母の視線をものともせずに口を開いた。


「でもお皿を洗ったり洗濯したりしても手荒れしないし、リアルよりは全然いいわよ。それでね、領主館で働いたりサボったりしてたら、例の美形キャラと出会ったってわけ」


「もしかして、それ、お母さんの主人公の固有クエストだったりする?」


「固有クエスト? なんか、サポートAIのアナウンスが聞こえた気もするけど、イケメンに抱きしめられた衝撃で全然覚えてない」


母親の話を聞いて、祖母が口を開く。


「じゃあ、おやつを食べ終えたら『アルカディアオンライン』をプレイしてきたら? 後片づけは私と悠里がやっておくから」


「え……っ!?」


悠里はミニパンケーキをおいしく食べ終えた後、薔薇のチョコを食べて、それから要にお礼のメッセージを送って、貰ったフラワーバスケットの世話をして、プリントアウトした写真を見て幸せに浸った後に『アルカディアオンライン』をプレイしようと思っていた!!

自分の分の汚れた食器は洗おうと思っていたけれど、自分以外の家族の食器を洗うつもりはなかった……!!


「ありがとう!! お祖母ちゃん、悠里!! 晩ご飯の支度は頑張るからね!!」


母親はそう言って猛烈な勢いでミニパンケーキを食べ終え、食器を置きっぱなしにしてダイニングを出て行った。


「お母さん、いつも私に『使った食器はキッチンに持って行って自分で洗いなさい』って注意するのに……」


「今日は、私と悠里で洗い物を頑張りましょうね。お母さんには晩ご飯の支度と片づけを頑張ってもらいましょう」


「はあい……」


悠里は祖母にやる気なく返事をして、ミニパンケーキを食べ始めた。



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