第五百四十二話 高橋悠里は所持金が1050円しかないことを要に打ち明け、要と悠里が『レディ・ローズ』に向かう途中に『ラブリーチェリーの茎』が惚れ薬の材料になるという話を聞く

「要先輩。お話したいことがあります……」


悠里は白いフォトフレームを見つめる要に切り出した。

本当は言いたくない。恥ずかしい。

でも、悠里の財布に1050円しか入っていないことを要に黙っているわけにはいかない……。


「なに?」


穏やかに悠里を見つめる要の視線が心に刺さる。


「私、今……お財布に1050円しか入ってないことに気づきました……」


時間を巻き戻せたら、お財布の中に5000円札を入れることができるのに……!!

しゅんとして俯く悠里を見つめて要は目元を和らげた。


「そっか。じゃあ、フォトフレームとアルバムはまた今度買うことにしようか」


「すみません……」


「謝らないで。俺は今日、帽子を買おうと思ってたからお金持ってきてたけど」


要の言葉を遮るように、彼のスマホが鳴る。

要は悠里に断って、制服のポケットからスマホを取り出して画面を見た。


「お母さんからだ。『レディ・ローズ』でチョコレートを買ってきてほしいって」


要の言葉を聞いた悠里は首を傾げる。

『レディ・ローズ』という名前は聞いたことが無い。

悠里はスーパーやコンビニに並ぶチョコレート菓子には詳しいと自負していたが、まだ名前を知らないお菓子もあるらしい。


「期間限定で駅ビルに出店してるらしい。行ってもいい?」


「はい。私、チョコ大好きなので『レディ・ローズ』のお菓子がどんなのか見るの、楽しみです」


チョコレートはいつも、いつでも悠里を幸せにしてくれる。

板チョコも、アーモンドチョコも、マカダミアナッツチョコも、大好きだ。プレッツェルにチョコレートが掛かったお菓子もおいしい。


お財布に1050円しかお金が入っていないことで落ち込んでいた悠里が楽しそうにしていて良かったと思いながら要は母親に『了解』と返信をして、スマホを制服のポケットにしまう。


「『レディ・ローズ』の出店場所は一階だって。行こう。悠里ちゃん」


「はいっ」


要と悠里は下りエスカレーターに向かって歩き出す。


「そうだ。俺、悠里ちゃんに『ラブリーチェリーの茎』の鑑定結果のことを話そうと思ってたんだ。フレデリックお兄様にはマリーちゃん以外には『ラブリーチェリーの茎』の鑑定結果を知らせないようにって言われたんだけど、それでもいい?」


「真珠に話すのも、リアルの友達とかに話すのもダメっていうことですか?」


「うん」


「わかりました。要先輩がそう言うなら……」


要と悠里は下りエスカレーターに到着し、左側の一列になって下りエスカレーターに乗る。

要が前で、悠里は要より二段上のエスカレーターに乗っている。

悠里が要を見下ろす形になっていて、なんだか新鮮な感じがする。

いつも要と並んで歩く時は、悠里より背の高い彼を少し見上げているからそう思うのかもしれない。


「内緒にする約束をしてくれてありがとう。じゃあ、話すね。『ラブリーチェリーの茎』は惚れ薬の材料になるらしいよ」


「うわあ……」


要の言葉を聞いて、悠里はレーン卿が『マリー以外の誰にも言うな』と言った気持ちを理解した。

レーン卿はモテまくる上にワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの指輪選び』を控えている。


『鑑定』をすれば惚れ薬を飲まされることは無いのだろうが『ラブリーチェリーの茎が惚れ薬の材料になる』という情報が広まれば不利益を被るだろう。

悠里はなりふり構わず惚れ薬を入手しそうなフレンドの顔を思い浮かべてそう考えた。


「でも『ラブリーチェリーの茎』が惚れ薬の材料になるって、今まで誰も気づかなかったんですかね?」


ふと思いついた疑問を悠里は口にする。


「『ラブリーチェリ』の鑑定はしても『ラブリーチェリーの茎』単体での鑑定はしなかったみたい。鑑定料金とか高いし、わざわざ『茎』だけを鑑定しようと思うのはプレイヤーだけじゃないかな」


「ゲーム好きのプレイヤーはいろんなアイテムを調べるし、鑑定情報とかアイテム説明とかスキル説明とか熟読しますよねっ」


「うちの母親は乙女ゲームの攻略対象の情報とかめちゃくちゃ読み込んでるよ……」


「乙女ゲームプレイヤーあるあるですね」


「悠里ちゃんも乙女ゲームの攻略対象の情報とか読むの好きなの?」


「私はゲームキャラの身長、体重、スリーサイズとかは全然興味無いです。誕生日とか好きな色とか好きな食べ物とかは攻略に関わってくるのでチェックしますけど」


要と悠里はお喋りをしながら下りエスカレーターを下りきり、駅ビルの一階に到着した。

それから周囲を見回しながら歩き『レディ・ローズ』を見つけて立ち止まる。

悠里は初めて目にする薔薇の形のチョコレート菓子が陳列されたショーケースに心躍らせ、目を輝かせた。



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