第五百三十六話 高橋悠里と要は空き教室で2ショット写真を撮り、キスをする



悠里と要はお弁当を食べ終え、後片付けを始めた。

サンドイッチとおかずを入れていたプラスチックの容器は悠里のエコバッグに入れて持ち帰る。

使わせてもらった机を携帯用のウェットティッシュで綺麗に拭いて、ウェットティッシュと割りばしはゴミ箱に捨てた。


悠里と要が向かい合わせにしていた机を、それぞれに元に戻した直後、颯太のテナーサックスの音色が教室内に響き渡る。

萌花は真剣な表情でスマホを見ていた。

要は自分のスマホを手にして悠里に視線を向け、口を開く。


「悠里ちゃん。空き教室に行って写真を撮ろう」


「はいっ」


悠里は自分のスマホを手に取り、要と共に1年3組の教室を出た。


廊下に出た要はスマホを持っていない左手を悠里に差し伸べて微笑む。

悠里は制服のポケットに自分のスマホを入れて、右手を要の手に重ねた。

各教室からは、楽器の音がしている。

手を繋いだ要と悠里は階段を下り、階下に向かった。


今、要と悠里はどちらも不織布マスクをつけずにいる。

悠里はすごく悪いことをしているようで、ドキドキした。


新型コロナが蔓延する前は、マスクをつけずに学校に登校して、勉強をして、お喋りをしていた。

でも今は、それができないし、してはいけない。


要と悠里は足早に空き教室に入り、教室内に誰もいないことを確認して少しだけ扉を開け、それから教室の窓を開けた。


「誰にも会わなくてよかったね」


そう言って笑顔になる要に、悠里も微笑んで肯く。


「窓を背に写真を撮る?」


「はいっ」


青空が映る窓辺に行き、悠里は要と並んで立つ。

要がスマホに視線を向けながら悠里に顔を寄せ、持っているスマホをかざして写真を撮った。

悠里と要の身体が触れ合い、悠里の鼓動が高鳴る。


「悠里ちゃん。笑って」


要の言葉を聞いた悠里は高揚と緊張が入り混じったまま、なんとか唇の両端を気合で持ち上げる。

シャッター音が鳴り、スマホの画面の中に、笑顔の要と笑顔? の悠里が収まる。

要は撮った写真を悠里と一緒に見つめて微笑み、口を開いた。


「悠里ちゃん、可愛い」


「え……っ」


この写真の悠里はどう見ても可愛くはない。

悠里が驚いて要に視線を向けると、至近距離に、幸せそうに嬉しそうに笑み崩れながら二人が映るスマホの画像を見つめる彼がいて、なんだか胸が詰まるような気がした。


「悠里ちゃん。もう1枚撮ろう」


悠里が要を見つめていると、要がそう言いながら悠里を見た。

要の綺麗な顔が、悠里の目の前にある。

要が驚いたような顔をして悠里を見ている。

……悠里は要の目から、目が離せない。


「……」


要がスマホを持っていない左手で、悠里の頬にそっと触れた。

悠里は要の手の温度を感じながら、二度瞬く。

カレシの手が、カノジョの頬に触れ、至近距離で見つめる二人。

それは、乙女ゲームの中でも少女漫画の中でも見たことがあるシーンだ。

悠里は二次元でしかそのシーンを見たことはないけれど、でも、ヒロインがどう行動していたかは知っている。

……悠里は目を閉じた。


目を閉じて1秒。悠里が唇に要の吐息を感じた直後、二人の唇が触れ合い、離れた。

悠里は目を開けた。

視界に、嬉しそうに笑う要の顔が映る。


嬉しい。でも、少し苦しくて、泣いてしまいそうな気がして、そんな自分に戸惑いながら、それでも悠里は要に微笑む。


中学一年生の五月。

悠里は大好きな先輩と、初めてキスをした……。




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