第五百二十三話 マリー・エドワーズたちは『銀のうさぎ亭』の食堂のテーブルの片隅に座り、ユリエルは蜂蜜等を持ってくる約束をして、マリーは小麦粉焼きを収納する



マリーと真珠、ユリエルとユリエルの護衛騎士は『銀のうさぎ亭』の食堂に足を踏み入れた。


『銀のうさぎ亭』の食堂には長方形のテーブルが四つ並び、背もたれの無い四角い椅子がテーブルごとに八脚ずつ置かれている。


店内に飾り気は全く無いが掃除が行き届いていて清潔感がある。今は夜なので、それぞれのテーブルとキッチンの棚に置かれたランプの光が揺れている。


酒を売り始めた食堂は盛況で、酔客が賑やかに酒盛りをしている。

食堂の客は、夜に子どもが姿を見せたことに戸惑ったが、帯剣した護衛騎士を見て関わらないことを選んだ。


四つのテーブルのうち、三つのテーブルは客で埋まっていたが、一つのテーブルは席が二つだけ空いていた。


マリーが目ざとく空席を見つけて、早足で……布のスリッパを履いているので早くもないのだが……席を確保してテーブルに持っていた小麦粉焼きが乗った木皿を、背伸びをして置いた。


それからアイテムボックスから収納していた丸椅子を取り出す。

椅子が二脚しかないと、マリーとユリエル、ユリエルの護衛騎士の全員が座れないと思ったのだ。

真珠はマリーが抱っこすればいい。

マリーはそう思っていたのだけれど、真珠がお気に入りの丸椅子に飛び乗ってしまった。


「あ……っ」


マリーは丸椅子に座ってご機嫌な様子の真珠を見て、その丸椅子はマリーとユリエル、ユリエルの護衛騎士のために出したとは言えなくなった。


仕方がない。マリーが立ったままでいようと決めて、小麦粉焼きが乗った木皿をテーブルに置いたユリエルと、油断なく食堂内に視線を走らせる護衛騎士に視線を向けて口を開く。


「あの、椅子に座ってください」


「私はユリエル様の護衛ですので、立ったままで居ります。お気持ちだけ頂戴致します」


護衛騎士はマリーに微笑み、そう言った。


「マリーちゃん。座ろう。マリーちゃんのお父さん……だよね? 用意してくれた料理が冷めちゃうよ」


ユリエルがマリーを促して椅子に座る。

マリーは立ったままのユリエルの護衛騎士を気にしながら座る。


今、立っている護衛騎士はマリーと真珠を領主館の門前で追い払った男たちでも、マリーを不審者として組み伏せた男でもないので怖くない。

ただ、自分以外で立っている人がいるのはなんとなく申し訳ない気持ちになる。

立食パーティー等では全く気にならないけれど……。


ユリエルは護衛騎士を全く気にしていないようだ。

『アルカディアオンライン』で貴人としての生活をすることに慣れ切っているのだろう。

マリーは背もたれの無い四角い椅子によじ登って座り、木皿に乗った小麦粉焼きを見て口を開いた。


「私、こむぎこやきの味ってあんまり好きじゃなくて……。でも真珠は好きだよね?」


「ぎゃわんっ!!」


丸椅子に座って賑やかな食堂を楽しく眺めていた真珠は、マリーの言葉を聞いて涙目になる。

真珠は小麦粉焼きを好きではない!!

小麦粉焼きを用意してくれたマリーの祖父にがっかりした顔をさせたくなくて、頑張って食べただけだ……!!

高速で首を横に振る真珠を見て、ユリエルが口を開く。


「真珠くんはこむぎこやき? が好きじゃないみたいだよ」


「そうなの? この前はいっぱい食べたのに……」


そう。この前、真珠は頑張ったのだ!!

頑張って小麦粉焼きを食べた!!

だからもう、今日は頑張りたくない……!!

首を横に振り続ける真珠を見てマリーは小さく息を吐き、口を開く。


「私も真珠も食べたくないんじゃ、しょうがないよね。この前はチーズが乗ってても味がぼやけた感じで、まずくはないけどおいしくもないっていう感じだったんです。でも、今日のはチーズすら乗ってないから、味がしなさそう……」


「だったら、蜂蜜とかメープルシロップとかジャムと一緒に食べれば少しはおいしくなるんじゃない? 今度、領主館から何か持ってくるよ」


「いいんですか!? 楽しみです……!!」


マリーはユリエルに笑顔で言って、木皿の上の小麦粉焼きをアイテムボックスに収納した。


その後、ユリエルとお喋りをしている途中にゲームのプレイ時間制限となったマリーは強制ログアウトした。



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