第五百二十二話 マリー・エドワーズと真珠が祖母に少しの間カウンター接客を任された直後にユリエルが現れる
「そろそろ小麦粉焼きが焼き上がる頃ね。少しカウンターを開けるわね。すぐにジャンに来てもらうから、もしお客さんが来たら少しだけ待ってもらってちょうだい」
「うん。わかった」
「わんっ」
祖母の言葉にマリーと真珠は肯く。
マリーも真珠も『銀のうさぎ亭』の子だ。ちゃんとお客さんに対応できる。
「頼んだわね。マリー。シンジュ」
祖母はマリーと真珠に微笑み、カウンター奥に姿を消した。
マリーと真珠は互いに視線を合わせて肯き、油断なく周囲を見回す。
お客さんが来たら、素早く丁寧に対応するのだ!!
『銀のうさぎ亭』の扉が開いた。
マリーと真珠はお客さんの対応をするべく身構える。
『銀のうさぎ亭』の扉を開けたのは白地に赤いラインが入った制服を着た男だった。
領主館に勤める護衛騎士だ。
護衛騎士に続いて、ユリエルが姿を現す。
初夏を思わせる装いのユリエルはマリーと真珠を見つめて微笑した。
「マリーちゃん。真珠くん。遊びに来たよ」
「ユリエル様!!」
「わうわう!!」
マリーと真珠は大喜びをしてユリエルに駆け寄った。
マリーと真珠がユリエルとお喋りをしている間に、焼き上がった小麦粉焼きを乗せた木皿を両手に持った父親がカウンター奥から姿を現す。
「マリー、シンジュ。小麦粉焼きが焼けたぞ」
マリーの父親はそう言った後、ユリエルと白地に赤いラインが入った制服を着た護衛騎士に視線を向けて、困惑しながら口を開く。
「いらっしゃいませ。宿泊……ではないですよね……?」
「夜に突然、すみません。マリーちゃんと真珠くんと遊びたいと思って来ました」
ユリエルは小麦粉焼きを乗せた木皿を両手に持ったマリーの父親にそう言って微笑んだ。
父親は、夜は子どもが遊ぶ時間帯ではないと思ったが、貴人の考えは庶民には理解できないと考えて沈黙する。
「お父さん。ユリエル様と真珠と、食堂に行っていい?」
「くぅん?」
祖母にカウンターにいるように頼まれていたけれど、カウンター内に父親がいるのなら、マリーと真珠は必要ないだろう。
「いいぞ。小麦粉焼き、焼き立てだから持っていけ。あとで注文を伺いに行きます」
父親は両手に持った小麦粉焼きを乗せた木皿をマリーに渡して、ユリエルと護衛騎士に言う。
ユリエルはマリーの父親に微笑み、口を開いた。
「お構いなく。マリーちゃん。俺も持つよ」
ユリエルは小麦粉焼きを乗せた木皿を両手に持ち、よろよろと歩いているマリーに右手を差し出す。
「ありがとうございます。ユリエル様」
マリーはユリエルの厚意に甘えて、左手に持っていた皿をユリエルに手渡す。
真珠は自分も小麦粉焼きを食べることになるかもしれないと思って、憂鬱な気持ちになった……。
***
風月9日 夜(5時40分)=5月20日 21:40
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