第五百十二話 マリー・エドワーズと真珠はチーズが乗った小麦粉焼きを食べる



ベッドの上で目が覚めた。

部屋の中は明るい。……父親のいびきがうるさい。


マリーはベッドから起き上がり、両親のベッドに目を向ける。

寝ているのは父親だけだ。母親の姿はない。

母親の方が早く眠ったみたいだから、もう働いているのかもしれない。


「わうー。わうわぅ」


真珠の声が父親のいびきの音にかき消されそうになっている。


「おはよう。真珠」


マリーは真珠をぎゅっと抱きしめて言う。


「頑張って『エリア・インビジブル』で姿を隠す練習をしたのに、結局怒られちゃってごめんね」


「くぅん……」


真珠はマリーの母親に怒られたことを思い出して悲しくなった。

マリーは項垂れる真珠の頭を撫でて微笑み、口を開く。


「着替えて支度をして、キッチンに行こう。おいしいピザを作ろうね」


「わんっ」


真珠は尻尾をふって肯いた。

真珠は『ぴざ』の意味はわからなかったけれど『おいしい』はわかる!!

真珠はベッドの上におすわりをしてマリーが身支度を整えるのを見守る。

マリーは父親のいびきが響き渡る中で着替えを終えて木靴を履いた。


「支度、完了っ。真珠、お待たせ。行こうっ」


「わんっ」


真珠は元気よくベッドを飛び下り、マリーと共に部屋を出た。


マリーと真珠は段差の大きい階段を駆け下りて一階に向かう。


「マリー。シンジュ。起きたのか。おはよう」


一階のカウンターにいた祖父が笑顔で言う。


「おはよう。お祖父ちゃん」


「わうわぅ」


「腹減っただろう? 今、小麦粉焼きを持ってきてやるから座ってな」


祖父はそう言ってカウンター奥に引っ込んでしまった。


「こむぎこやき?」


「わうわうわう?」


聞き慣れない言葉にマリーと真珠は首を傾げる。


「とりあえず座って待とうか」


「わん」


マリーはカウンター前にある椅子によじ登って座り、真珠はマリーの膝の上に飛び乗る。

カウンター奥から祖父が両手に木皿を持って戻ってきた。


「小麦粉焼きを持ってきたぞ」


祖父は小麦粉焼きが乗った木皿を二枚、カウンターの上に置いて口を開く。


「今、水も持ってきてやるからな」


「お祖父ちゃん。このお皿に乗ってるのが『こむぎこやき』なの?」


「そうだよ。マリーは小麦粉焼きを食べるのは初めてか? 小麦粉は高いからなあ。お祖母ちゃんが手に入れたみたいで、焼いてくれたんだ。常連さんにも限定メニューとして出したら好評だったんだぞ」


祖母が手に入れた小麦粉……。

それはマリーが提供した小麦粉ではないだろうか。

祖父はカウンター奥に行ってしまった。


「……とりあえず食べてみる? まずは私が味見するからね」


「わん」


マリーはチーズを乗せた小麦粉焼きを一口食べた。


「おいしい……とはいえないけど、まずくはない……?」


「くぅん……?」


「チーズのところまで食べればおいしいかも? 真珠は口を大きく開けて、がぶっと食べた方がいいかも」


「わんっ」


真珠はマリーに肯き、口を大きく開けた。

マリーは真珠の分の小麦粉焼きを真珠の口元に寄せる。

真珠は小麦粉焼きをがぶっと食べた!!

……おいしい? おいしくはないような……?

蜂蜜飴やヒール草、ミルクレープの方やからあげの方がおいしかったような気がする。


「真珠、こむぎこやき、もっと食べる?」


マリーに問いかけられて真珠は迷う。

おいしいのかおいしくないのかわからない味のこむぎこやきを食べたいとは思えない……。


「マリー。シンジュ。水を持ってきてやったぞ。小麦粉焼きはうまいだろう? お祖母ちゃんが心を込めて作ってくれたからな」


カウンター奥から戻ってきた祖父がマリーのために水が入った木のコップを、真珠のためには水が入った平皿をテーブルに置いた。

真珠は、にこにこしながらマリーと真珠を見ている祖父を見て、小麦粉焼きを全部食べようと決意する。


「わうー。わんわぅ、わううっ」


「真珠、こむぎこやきを食べるの?」


「わんっ」


マリーの言葉に真珠は肯いて口を大きく開けた。


「シンジュは小麦粉焼きが気に入ったんだな」


「そうだね。よかったね」


祖父とマリーはそう言い、マリーは真珠の食べかけの小麦粉焼きを真珠の口元に寄せた。

真珠は小麦粉焼きを気に入ってはいない!!

ただ、マリーの祖父にがっかりした顔をさせたくないだけだ……!!


真珠は小麦粉焼きをがぶりと食べた。全部食べ切った!!

口の中で小麦粉焼きを噛みしめながら、真珠が達成感に浸っているとマリーが微笑んで口を開いた。


「真珠は小麦粉焼きを気に入ったみたいだから、私の分もあげるね」


「っ!?」


真珠はマリーの言葉にびっくりして口の中の小麦粉焼きを飲み込む。


「真珠。あーん」


マリーが自分の食べかけの小麦粉焼きを真珠の口元に寄せた。

祖父が笑顔を浮かべて真珠を見ている。

……食べるしか……ない!!

真珠は口を大きく開け、そしてマリーの食べかけの小麦粉焼きを食べ切った。


***


風月9日 朝(2時45分)=5月20日 18:45



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