第四百七十八話 マリー・エドワーズはキッチンで祖母に宥められ、井戸の水で顔を洗ってから小麦粉とトマト、チーズを取り出して作業台に置く



「あらあら、マリー。どうして泣いているの? 転んだの?」


キッチンにいた祖母が頬を涙で濡らしてしゃっくりをしているマリーを見てそう言い、マリーに歩み寄って屈みこむ。


「泣いたらマリーの可愛い顔が台無しよ。よしよし。泣き止んでちょうだい」


祖母は真珠を抱っこしたマリーを、真珠ごと優しく抱きしめて背中を撫でる。

マリーを泣かせた父親は大きな身体を縮めて、居心地が悪そうにマリーと祖母を見つめる。

真珠はマリーを心配そうに見つめている。

祖母はマリーの背中を撫でながら、彼女の息子に視線を向けて口を開いた。


「ジャン。マリーが顔を洗うための水を汲んできてちょうだい」


「わかった」


「お、お、お父さん……。泣いて、ごめんなさい……」


祖母に宥められて落ち着いたマリーは父親に視線を向けて謝った。


「俺の方こそ、怒鳴ってごめんな。今、水を汲んでくる」


父親はマリーに微笑んでキッチンを出て井戸へと向かう。


「お祖母ちゃん。私……もう大丈夫だよ」


「そう。よかったわ」


「わうー。きゅうん」


「真珠。心配させちゃったよね。ごめんね」


真珠はマリーの言葉に首を横に振る。

父親が木桶に水を持ってキッチンに戻ってきた。

マリーは抱っこしていた真珠を地面にそっと下ろして木桶の水で顔を洗い、祖母がハンカチで濡れたマリーの顔を拭く。

マリーの涙にまみれた顔は、すっきりと綺麗になった。

ログアウトやリープで汚れを落とすのも便利でいいけれど、こうやって顔を洗って綺麗にするのも気持ちがいいとマリーは思う。


「水はもう捨てていいか?」


父親に問いかけられてマリーは肯いた。

真珠は自分も水で顔を洗ってみたいと思いながら、名残惜しく父親が持ち去る木桶を見つめる。

祖母はマリーと真珠の頭を優しく撫でて微笑み、口を開いた。


「マリーもシンジュもずいぶん長く眠っていたから、お腹が空いたでしょう? ご飯を用意するから食べなさい」


「お祖母ちゃん。私が作るよ。作らせて……っ」


マリーはメシマズを回避するために必死で言う。

悠里は小麦粉、水、オリーブオイルと塩少々、砂糖少々で作ることができるピザ生地のレシピを調べたのだ。

トマトソースを作ってピザ生地に塗れば、きっとおいしいはずだ。

すごくおいしいピザにはならないかもしれないけれど、口の中の水分がすべて持っていかれる硬くてパサついた黒パンよりは良いと思う。

祖母は困った顔をしてマリーを見つめ、口を開いた。


「マリーはまだ小さいから、料理をするのは無理よ。危ないわ」


「じゃあ、お祖母ちゃんが私が考えた通りに料理して。ね? いいでしょ? 私、グリック村でいろいろ材料を買って来たんだよ」


「そういえば、さっきジャンから不思議な形の果物を貰って食べたけれど、おいしかったわ。マリーがくれたのよね? あれもグリック村で買ったの?」


「うん。今、料理に使う材料を出すからね。ステータス」


マリーはアイテムボックスから小麦粉とトマト、チーズを取り出して、背伸びをして作業台を置く。

作業台は小柄な祖母と母親が使いやすい高さになっていて、マリーでも背伸びをすれば作業台に物を置くことができる。

マリーは『アルカディアオンライン』での初料理をするべく、張り切った。


***


風月8日 昼(3時46分)=5月20日 13:46



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