第四百七十七話 マリー・エドワーズは父親に怒鳴られて大泣きし、デメリットスキル『大泣き』を取得して、父親に井戸の水を汲んでもらう



マリーは家の壁に背中を預けて座っている状態で目を開けた。

両手を見ると、土は綺麗に落ちている。


リープやログアウトをして再度ゲームをプレイすると汚れや傷が綺麗になり、状態異常がすべて回復し、HPとMPが最大値まで回復するのはすごく便利だ。

『アルカディアオンライン』はログアウトをするためのアラーム設定ができないし、ステータス画面にリアルの時間とゲーム内時間の表示をしてくれない等の不親切なところもあるけれど『死に戻り』によるゾンビアタックができたり、敵に負けてもデスペナルティが無いところを悠里は評価している。


特に、デスペナルティが無いのがいい。

敵に負けただけでも悲しくて気分が下がるのに、さらに能力値が下がったり、所持金が没収されたり、アイテムを没収されたりするデスペナルティは理不尽すぎると悠里は思う。


「わうー?」


壁に背中を預けて微動だにしないマリーを見上げ、真珠が呼びかける。

マリーは物思いに耽るのをやめ、真珠に微笑んで口を開いた。


「真珠。種にお水をあげようか。早くラブリーチェリーの芽が出てほしいもんねっ」


「わう?」


『目が出る』と聞いて真珠は不思議に思った。

真珠が『芽』と『目』を誤解していると気づかないマリーは立ち上がり、井戸へと歩き出す。

真珠はマリーの後に続いた。


マリーと真珠は井戸の前に到着した。

井戸はキッチンに通じる扉に直結した場所にあり、屋根があるので雨の日でも濡れずに水汲みができる。


マリーは井戸に歩み寄り、釣瓶を手にする。そして井戸の中に釣瓶を投げ入れた。

以前、薬師ギルドの井戸ではマリーは水を汲めなかった。

だがしかし!! 今のマリーはあの時のマリーとは違う!!


「真珠。見ててっ。種族レベル4のSTR値の力を今、見せるからね!!」


「わうーっ!! わんわんっ!!」


真珠はマリーを応援する。

マリーは張り切って釣瓶を引き上げるためにロープを握った。……重い。でも!!


「気合……っ!!」


「わんわんっ!! わうー!!」


マリーは必死でロープを引っ張る。

真珠は必死にマリーを応援した。

マリーが釣瓶と格闘すること数分、キッチンの扉から父親が庭に姿を現した。


「マリー!! 危ない!! 何をやってるんだ!!」


突然父親に怒鳴られ、マリーは驚いてロープを離してしまう。

せっかく少しだけ持ち上げることが出来た水の入った釣瓶が井戸の底に落ちてしまった……。

せっかく頑張って持ち上げたのに……!!


「うう。ううううううううううう……っ」


マリーの目に涙が浮かぶ。

必死に涙をこらえようとするけれど、泣きたい気持ちが抑えられない。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああん……っ!!」


マリーが大泣きを始めた直後、サポートAIの声が響いた。


「条件を満たしましたのでマリー・エドワーズがデメリットスキル『大泣き』を取得しました。

詳しくはステータス画面でスキル内容をご確認いただくか、転送の間でサポートAIにお尋ねください」


「わうー。きゅうん……っ」


真珠は大好きなマリーが大泣きしているので自分も泣きたくなったが、以前、領主館の侍女長に、真珠がマリーと一緒に大泣きしていたらマリーを守れないと言われたことを思い出して泣きたい気持ちをこらえる。


「マリー。怒鳴って悪かった。泣くな。マリーが井戸に落ちたらと思うと心配で怒鳴ったんだ」


父親は大泣きしているマリーに駆け寄ってマリーを抱き上げた。


「がん……がんばっだ……のに……っ!! あと……あとちょっとで水をぐめだのに……っ!!」


マリーは泣きながら話を盛った。

水の入った釣瓶は井戸の底から少しだけ浮いたくらいで、とてもあとちょっとで水を汲めたという状態ではなかった。


「そうか。悪かった。俺が悪かったから泣くな」


父親はマリーを抱いてあやしながら言う。


「うえっ。うえええええん……っ」


泣くなと言われても、マリーの涙は急には止まらない。


「マリー。ずっと寝ていたんだから、腹が減ってるだろう? シンジュと一緒に飯を食え」


「ラ、ラ、ラブリーチェリーの、ひっく、種を埋めたから水……あげたい……っ」


「わかった。俺が水を汲んでやるから……」


父親はそう言って抱き上げてあやしていたマリーを地面に下ろした。

そしてマリーが必死で引っ張り上げようとした釣瓶に水を入れて軽々と汲み上げ、そして井戸の横に置いてある木桶に水を移す。

マリーはしゃっくりを上げながら、真珠は青い目をきらめかせて父親を見つめた。


「この水を、種を埋めたところにかければいいのか?」


父親に問いかけられたマリーと真珠は揃って肯き、そしてマリーはしゃっくりを上げながら父親を種を埋めた場所に先導した。

真珠もマリーに続き、水を入れた木桶を持った父親が真珠の後に続く。


「こ、こ、ここ……。水、あげて」


「わんわんっ」


父親はマリーと真珠が埋めたラブリーチェリーを埋めた場所に水を注いだ。

マリーは胸の前で両手を組み、早くラブリーチェリーの芽が出るようにと祈る。

真珠はマリーが目を閉じているのを見て、自分も目を閉じた。

そして祈り終えたマリーは真珠を抱っこして、父親と一緒にキッチンに続く扉から家の中に入った。


***


マリー・エドワーズがデメリットスキル『大泣き』を取得。


風月8日 昼(3時32分)=5月20日 13:32

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