第四百七十九話 マリー・エドワーズは階段で転んで真珠と教会に死に戻り、フレンドのクレムに会って彼が平日の昼過ぎにゲームをプレイしている理由を聞く



「まずは小麦粉を二分の一カップ計ってくださいっ」


マリーは祖母に指示を出す。

井戸に水を捨てて戻ってきた父親は、元気になったマリーを見て微笑み、キッチンを出て行く。

マリーの言葉を聞いた祖母は首を傾げて口を開いた。


「二分の一カップっていうのはどのくらいの量なの?」


「え……っ!?」


悠里の記憶ではネットのレシピには『小麦粉:カップ1/2』と書いてあった。

二分の一カップってどのくらいの量なの……っ!?


「お祖母ちゃんっ。私、今、調べてくる……!!」


マリーはそう言ってキッチンから飛び出して二階のベッドがある部屋に向かう。

真珠もマリーの後に続いた。

『疾風のブーツ』を履いたマリーの動きは素早く、祖母が止める間もなく行ってしまった。


マリーと真珠は段差の大きい階段を駆け上る。

マリーは焦っていたせいか、階段の最後の一段に躓いて転んだ。

『アルカディアオンライン』は痛覚設定が0パーセントなので転んでも痛くない。


「わうー。くぅん……?」


「私、転んじゃった」


マリーが起き上がろうとしたその時、マリーと真珠の身体が光に包まれて消えた。

マリーと真珠は死んでしまった……。


気がつくとマリーは教会にいた。

マリーの足元には真珠もいる。

マリーは周囲を見回して驚いた。


「えっ? 嘘。教会? なんで……?」


マリーはただ、階段に躓いて転んだだけだ。

それなのにHPが0になった……?


「わうー。くぅん……」


「真珠。ごめんね。私、ちょっと混乱してて……。なんで死に戻りになったのかもわからないんだよね。なんで?」


マリーは混乱して頭を抱える。


「マリー? 真珠?」


頭を抱えるマリーと困ったマリーを見ておろおろしている真珠に声を掛けたのは青色のローブを着たクレムだ。

クレムはプレイヤーが集まる広場で露店をやっていて、そこでマリーがビー玉を買ったことがきっかけでフレンドになった。

その時に、話に夢中になって真珠のことをすっかり忘れてしまったのは苦い思い出だ……。


「よう。久しぶり。元気だった?」


そばかすが散った顔に八重歯がやんちゃな印象のクレムは明るい笑顔を浮かべて言う。

死に戻ったマリーと真珠の近くに偶然、クレムが死に戻ってきたのだ。


「えっ? クレム、なんでゲームしてるの?」


漏れ聞いた個人情報から推測すると、クレムは小学生のはずだ。

平日の木曜日の午後に、なぜ彼は『アルカディアオンライン』をプレイしているのだろうか。

マリーの問いかけに、クレムはため息を吐いて口を開く。


「それがさあ、オレの小学校で新型コロナになった奴が出て、学校閉鎖になったんだよ。学校全体を消毒したり、ノウコウセッショクシャの確認をしないといけないとかでさ」


「えっ!? クレムは大丈夫なの!?」


「コロナになったのは小学3年生の奴らしいから、とりあえずオレは大丈夫。喉、痛くないし、咳も出ないし、熱とか無いし。食べ物の味とかわかるし、コーヒーとかの匂いもわかるよ」


クレムの説明を聞いたマリーは安堵の吐息をついて、口を開く。


「そうなんだ。クレムが新型コロナじゃなくてよかった……」


「本当だよ。子どもは新型コロナにかからないって言ってたけど嘘じゃんって思った。でもオレ元気だし、学校行かずにゲームできてラッキーだと思うことにしたんだ」


「そうだよね。良いように考えないとだよね。クレムの学校の新型コロナになった子も、早く良くなるといいね」


「オレもそう思う。まあ、オレはノウコウセッショクシャとかじゃないから、うちの家族は普通に仕事とか学校とか行ったよ」


クレムには学校に通っている兄弟か姉妹がいるらしい。

マリーはまた一つ、クレムの個人情報を知ってしまった……。


***


風月8日 昼(3時52分)=5月20日 13:52



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