第四百七十話 高橋悠里は要から美羽の伝言を聞き、萌花にメッセージを送ってから要と教室を出る

「悠里ちゃん。少し話したいんだ。今は教室に二人きりだから、ここで話してもいいかな?」


「はい……」


要の言葉に悠里は肯き、椅子に座る。

そして手に持っていたスマホを制服のポケットにしまい、要の鞄を机に置けるように、机の上に置いていた自分の鞄を端に寄せた。


「要先輩。鞄、私の机に置いてください。はるちゃんの席、借りますか?」


晴菜の席は、悠里のすぐ後ろだ。

悠里の言葉を聞いた要は首を横に振る。


「俺は立ったままでいいよ。鞄は机に置かせてもらうね」


「要先輩が立つなら、私も……」


「悠里ちゃんは座ってて。落ち着いて話を聞いてほしいんだ」


穏やかに言う要に、悠里は不安に襲われた。

要先輩の話って、もしかして別れ話とか……っ!?

さっきまで中間テストが終わって浮かれていた気持ちが一気にしぼみ、悠里の心が冷えていく。


「俺が今日遅れたのは、篠崎と話したからなんだ」


「篠崎先輩……?」


どうやら要の話というのは別れ話ではなさそうだ。

悠里は内心、安堵の息を吐く。


「佐々木先輩が部活をやめると言ってきたって言われた。篠崎に」


「え……?」


「だからもう、悠里ちゃんが佐々木先輩に怯えることはないよ。安心して」


「そっか。よかった……」


「それで、篠崎から、悠里ちゃんへの佐々木先輩からの伝言を伝えられたんだけど、聞きたい?」


要の言葉を聞いた悠里は身体を強張らせた。

要が『落ち着いて話を聞いてほしい』と言っていた意味がわかった。

要は悠里の言葉を待っている。

……悠里の心が落ち着いて、考える時間を与えてくれている。

悠里は目を閉じて深呼吸した。

……これまで佐々木先輩からぶつけられた言葉を思い出して、心が軋む。

聞きたくない。佐々木先輩の伝言なんか、聞きたくない。

どんな言葉も。佐々木先輩の口から紡がれた言葉なら、全部いらない。

……でも、だけど。

悠里はもう一度深呼吸をして、目を開けた。

要の目が、悠里をまっすぐに見つめている。

悠里は要の目を見返して口を開いた。


「聞きます。聞かせてください」


「わかった。伝えるね」


要の言葉に悠里は肯く。


「『リボンねこのマスクケース、ありがとう』」


「……それだけ……ですか?」


「うん」


「今さら……そんなこと言われても……」


以前……確か5月10日くらいだったと思う……悠里はサックスパートのメンバー全員にマスクケースを持って行ったことがある。

佐々木美羽が通学鞄に『リボンねこ』のキーホルダーをつけていたことを思い出した悠里は、美羽のために『リボンねこ』が描かれた包装紙を切って作ったマスクケースを用意した。

でも結局、そのマスクケースは二年生の篠崎萌花の手から美羽の手に渡ることになったはずだ。

まさか、今、そのマスクケースのお礼を言われるとは思わなかった……。

悠里は目を閉じて、長いため息を吐いた。

……これで、佐々木先輩との確執は全部、おしまい。


「要先輩。ちょっとだけ待っててもらっていいですか?」


「うん。いいよ」


要の許可を得た悠里は萌花への着信拒否とブロックを解除した。

そして萌花にメッセージを記載する。





伝言、聞きました。





ただ、それだけを書いて悠里は萌花にメッセージを送信した。

そしてスマホを制服のポケットにしまい、要に微笑んで立ち上がる。


「お待たせしましたっ。要先輩。帰りましょう」


「うん」


悠里と要はそれぞれに通学鞄を持ち、鞄を持っていない方の手を繋いで教室を出た。



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