第四百六十八話 高橋悠里は要と美羽の言い合いを見つめ、そして要と二人でその場から立ち去る



悠里と要は通学鞄を持っていない方の手を繋いで歩調を合わせて階段を下りて行く。

要が遅れたのはクラスメイトから数学のノートのデータを写させてくれとしつこく頼まれたせいだという。


「ノートパソコンのデータをスマホでスクショさせてたら、他の奴も群がってきてさ。断り切れなくて遅れてごめん」


謝る要に、悠里は首を横に振る。

学校支給のノートパソコンは、教師から生徒にデータの送付は出来るけれど、生徒同士でのデータのやり取りはできず、インターネットに接続することもできない。

だからノートパソコンのデータをスマホでスクショするしかなかったのだろう。


悠里と要が階段を下りきったその時、誰かが走ってくる足音がした。


「美羽先輩!! 待って……っ!!」


足音に続いて、女子の声がする。

悠里と要は聞き覚えのある声に足を止めた。

走っているのは悠里に意地悪をしている三年生の佐々木美羽で、それを追いかけているのがバリトンサックスを担当している二年生、篠崎萌花だ。

悠里は美羽の姿を見て、怯えたように後ずさる。

要は恋人繋ぎをしている悠里の手をぎゅっと握った。

走っていた美羽は要に気づいて足を止めた。

美羽の目は涙に濡れている。


「要くん……」


美羽に名前を呼ばれた要は不快さを隠そうとせず、眉間にしわを寄せる。


「佐々木先輩。俺、好きな子以外の女子に名前を呼ばれたくないって言いましたよね?」


「要くん。高橋さんと付き合ってるなんて嘘だよね?」


美羽がそう言った直後、美羽を追いかけていた萌花が追いつき、要と美羽の間に割って入る。


「美羽先輩。落ち着いて。今日は帰ろう。ね?」


「萌花は黙ってて。あたしは今、要くんと話をしてるの」


「本当、佐々木先輩は人の話を聞かないですよね。俺、あなたのそういうところが大嫌いです」


名前を呼ばれたくないという要の言葉を無視して名前を呼び続ける美羽に、要は怒りをあらわにする。


「藤ヶ谷くん。さすがにそれは言い過ぎだよ」


要と美羽の間に入った萌花が要を窘める。


「言い過ぎだとは思わないけど。悠里ちゃんにひどいことを言い続けてた佐々木先輩を庇うとか篠崎、マジであり得ないから」


冷たく言い放った要は悠里を促して歩き出す。

美羽も萌花も、追ってくることはなかった。


悠里と要は学校を出た後、駅ビル内にある楽器店に行って要が欲しいと思っている銀色のアルトサックスを見たり、楽譜を見たりして楽しい時間を過ごした。

要は美羽や萌花との会話について何も言わなかったし、悠里もあえて触れなかった。


「明日から中間テストだけど、悠里ちゃんは大丈夫そう?」


駅ビルから出て悠里の家に向かう途中、要が悠里に問いかける。


「……ダメかもしれないです」


悠里は迷った末に、しゅんとして言う。


「そうなの? でも前日とかテスト直前に覚えたことがテストに出ることってよくあるから、これから頑張ろう」


「はいっ」


要に励まされた悠里は、家に帰ったら中間テストが終わるまで『アルカディアオンライン』を封印しようと決意した。



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