第四百六十五話 マリー・エドワーズと真珠は『銀のうさぎ亭』まで馬車で送ってもらい、母親のお説教を回避して部屋に戻った後に真珠はスロットマシーンで1回遊ぶ



教会の前には港町アヴィラの領主の紋章が施された豪奢な馬車が停まっていた。

港町アヴィラの領主の子息であり、聖人でもあるユリエルがヘヴン島から教会から現れるのを待っていたようだ。

ユリエルはマリーと真珠に視線を向けて口を開く。


「マリーちゃん。真珠くん。馬車で『銀のうさぎ亭』まで送るよ」


「いいんですかっ!? ありがとうございます!!」


「わうわう、わううわうっ!!」


「どういたしまして」


ユリエルに家まで送ってもらえるのが嬉しいマリーと馬車に乗るのが大好きな真珠は大喜びしている。

ユリエルに気づいた御者と護衛騎士が傘を持って馬車から出てきた。


「お帰りなさいませ。ユリエル様」


「お帰りなさいませ」


御者と護衛騎士がユリエルに頭を下げて言う。


「ただいま。待っていてくれてありがとう。まずはマリーちゃんと真珠くんを『銀のうさぎ亭』に送り届けてから領主館に帰りたい。よろしく頼むね」


ユリエルは御者と護衛騎士に微笑んだ後、御者に視線を向けて言う。

御者は一礼して了承し、そして護衛騎士はユリエルに、御者はマリーに傘を差し掛けた。

ユリエルは護衛騎士の傘に入り、マリーは真珠を抱っこして御者の傘に入れてもらう。

美少年と子犬を抱いた幼女が恭しく傘をさしかけられている様子をプレイヤーやNPCが遠巻きに見つめている。


ユリエルと護衛騎士、真珠を抱っこしたマリーが馬車に乗り込み、ユリエルと護衛騎士が隣り合って座り、その向かい側にマリーと真珠が隣り合って座った。

馬車から外の景色を見ることが大好きな真珠が馬車の窓に貼りついた直後、ゆっくりと馬車が動き出した。


ユリエルとマリーがお喋りをして、真珠が尻尾を振りながら街灯の明かりに照らされた大通りの景色を眺め、そして護衛騎士が油断なく周囲に気を配りながら馬車は進み、やがて『銀のうさぎ亭』に到着した。


やがて傘をさした御者が馬車の扉を開け、マリーはユリエルに挨拶をした後に窓に貼りついて外を見つめている真珠を呼んで、抱っこした。

そして真珠を抱いたまま、馬車からぴょんと飛び下りる。

雨でぬかるんだ道を歩いたら、真珠の足が汚れてしまって、真珠がベッドに乗るのを躊躇ってしまう。


真珠を抱っこしたマリーは御者の傘に入れてもらって『銀のうさぎ亭』の宿屋の中まで送り届けてもらった。


「御者さん。送ってくれてありがとうございますっ」


「わうわううわううわっ」


マリーと真珠が御者に頭を下げてお礼を言うと、御者も微笑んで会釈を返してくれた。

そして御者は馬車に戻り、マリーと真珠はカウンターにいる母親に笑顔を向けて口を開く。


「ただいま!!」


「わんわん!!」


「マリー!! シンジュ!! どこに行ってたの……っ!!」


母親がカウンターから出て、マリーと真珠を抱きしめた。


「あなたたちは本当に、まだ小さいのに出かけたら糸が切れた凧みたいに帰ってこないんだから……っ」


「お母さん。凧ってあるの?」


「わう?」


マリーが……悠里が小さい頃にお正月に遊んだことがある『凧』が『アルカディアオンライン』にもあるのかと驚き、真珠は『タコ』がわからなくて首を傾げる。


「もうっ。マリーは話を逸らそうとして……っ」


母親のお説教が始まりそうな気配がしたその時、扉から濡れそぼった客が入ってきた。


「お母さん!! お客さんだよ……っ!!」


マリーは母親の注意を客へと逸らし、母親の腕の力が緩んだその隙に、真珠を促して家族用の部屋に続く段差の大きい階段へと駆け出す。

マリーは今、AGI値が上昇する『疾風のブーツ』を履いているので素早い動きで母親から逃げることに成功した。

真珠も素早くマリーの後に続く。

母親は階段に逃げ去った愛娘と可愛い子犬を軽くにらんでいたが、客の相手を始めた。


家族を優先したい時でも、客がいれば客を優先しなければならない。そこは客商売の厳しさというところだろうか。

マリーが普通の5歳の子どもだったら、時には寂しくなったかもしれないけれど、中身が中学一年生でプレイヤーの今は、NPCの家族の目が届かないところで自由に過ごすことも楽しい。


マリーと真珠は段差の大きい階段を軽やかに上がり切り、二階のベッドがある部屋に入った。

部屋の中には誰もいなくて、マリーはほっとする。父親も仕事中のようだ。


「真珠。疲れたし、ベッドで寝ようか」


リアルでは夜更けだろう。

そろそろ寝ないと明日、起きられなくなる可能性があると思った悠里が言うと、いつもは素直にマリーの言葉に従う真珠が首を横に振った。


「えっ!? 真珠、寝ないの!? なんで!?」


「わんわぅ、わうっう、わうっ」


真珠はマリーがスロットマシーンをアイテムボックスに収納したことを覚えていた。

真珠はすろっとましーんで遊びたい!!


「……真珠、もう一回言って」


「わんわぅ、わうっう、わうっ!!」


「えっと、真珠は……何かがやりたいんだね?」


「わんっ」


真珠はマリーの言葉に肯く。


「わうっう……がやりたいんだよね?」


「わんっ」


「わうっう……わうっう……。うーん。わかんない……」


「ぎゃわんっ!!」


真珠はマリーに自分が伝えたいことが伝わらないことが悲しくて涙目になる。


「真珠、ヒント!! って言ってもわかんないかな。えっと『わうっう』以外に何か教えて!!」


「きゅうん、くぅん……わんわわうわ!!」


マリーにスロット以外の何かの言葉を求められた真珠は考えた末に綺麗な花の名を叫ぶ。


「わんわわうわ。わんわわうわ……。わかった!! アンブロシア!!」


「わおんっ!!」


正解を導き出したマリーに、真珠は何度も首を縦に振る。


「あ。『わうっう』わかったかも!! スロット!!」


「わおんっ!!」


真珠は何度も首を縦に振る。

マリーに真珠が言いたかったことが伝わって嬉しい!!


「わかった。じゃあ、スロットマシーンを出してあげるね。でも私、もう寝なくちゃいけないから遊ぶのは一回だけね。いい?」


「わんっ」


マリーの言葉に真珠は肯く。

マリーは自分の机の隣にヘヴンズカジノから持ち出したスロットマシーンを置いて、それからヘヴンズコインが入った皮袋を取り出す。

それから皮袋に入っているヘヴンズコインを1枚取り出してコイン投入口に入れた。

スロットが回り出す。

にぎやかな音を立てて回り出すスロットに、もう真珠は驚かない。


「スロットマシーンだけじゃなくて椅子も持ってくればよかったかも。真珠がボタンを押せるように私が抱っこするからね」


マリーは愚痴を零しながら真珠を抱っこして真珠をスロットマシーンに近づける。

スロットマシーンの丸いボタンに右の前足が……届いた!!

真珠はスロットマシーンのボタンを押せる……!!


真珠はスロットマシーンのボタンに右の前足を乗せ、真剣な表情で回り続けるスロットを見つめる。

真珠が狙うのは『おうかん』だ!!


スロットは回る、回る、回る……ここだ!!

真珠は右の前足でスロットマシーンのボタンを押した。

一番左端のスロットが止まる。

『おうかん』が出た……!!


「わおんっ!! わんわんっ!!」


真珠は狙い通りに王冠を出せて大喜びした。

マリーは真珠の身体を揺らさないように抱っこし続けることに疲労を感じ始める。

真珠はマリーの疲労に気づくことなく、回転するスロットを真剣に見つめる。

真珠の目は回転するスロットの王冠の絵を捉えた!!

真珠は狙いすまして右の前足でスロットマシーンのボタンを押す。

真ん中のスロットが止まった。

『おうかん』が出た……!!


「わうわんっ!!」


真珠は『おうかん』を二つ揃えることができて大喜びする。

マリーは腕がぷるぷると震えてきた。


次は三つ目の『おうかん』を狙う!!

スロットは回る、回る、回る……ここだ!!

真珠が右の前足でスロットマシーンのボタンを押そうとしたその時、真珠の身体を固定して抱っこすることに疲れ果てたマリーの身体がぐらりと傾く。

真珠が押そうとしたタイミングでなく、スロットマシーンのボタンを押してしまった!!

スロットが止まり、出たのは剣の絵だった……。


「ぎゃわんっ!!」


「真珠、ごめんね!! 私、腕が疲れちゃって……」


「くぅん……」


マリーの腕力が無いことは真珠もよくわかっている。

真珠は力なく首を横に振り、マリーの腕から飛び下りた。


***


紫月28日 早朝(1時36分)=5月17日 23:36



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