第四百五十一話 マリー・エドワーズと真珠は『識別の虫眼鏡』を見ながら部屋の中を探検する



マリーは『赤い珊瑚亭』の105号室のベッドの上で目覚めた。

マリーと同時に目覚めた真珠がマリーにすり寄る。


「真珠。真珠の記載を修正してもらえるようにサポートAIさんにお願いしてきたからね」


「くぅん? わんっ」


真珠はマリーの言葉がよくわからなかったけれど、とりあえず肯く。


「じゃあ、真珠と一緒にユリエル様を『識別の虫眼鏡』で見てみようね」


「わんっ」


マリーと真珠は顔を寄せ合い、ベッドで眠るユリエルに翳した『識別の虫眼鏡』を覗き込む。

『ユリエル・クラーツ・アヴィラ(港町アヴィラ領主の子息)』と記載されていてマリーはほっとした。

ユリエルの表記はきちんと修正されているようだ。よかった。

真珠は文字が読めないが、レンズの中を楽しく覗いている。

マリーはユリエルの表記が修正されていることに満足して真珠を見つめ、口を開く。


「真珠。ベッドを下りて、部屋の中にあるいろんな物を虫眼鏡で見てみようね」


「わんっ」


真珠はマリーの言葉に肯いて尻尾を振る。


「ちょっと待ってね。私、今、ブーツを履くからね。ステータス」


マリーはステータス画面を出現させて『識別の虫眼鏡』をベッドの上に置き、アイテムボックスから『疾風のブーツ』を取り出した。

そして『疾風のブーツ』をひとりで履いたマリーは『識別の虫眼鏡』を手にベッドを下りた。

真珠も身軽にベッドから飛び下りる。


「じゃあ、部屋の中を探検しよう!!」


「わんっ!!」


ユリエルは『聖人』として眠っているのでうるさくしても起きないし、迷惑を掛けない。

マリーは『識別の虫眼鏡』を張り切って翳し、真珠は虫眼鏡を翳しているマリーを見上げる。


「これじゃ、真珠が見られないね……」


「くぅん……」


真珠は虫眼鏡を見るのが好きなので見られなくてしゅんとする。

マリーは少し考えて、良い方法を思いついた。


「そうだっ。私が真珠の顔の前に虫眼鏡を翳して、真珠がそれを見ながら歩けばいいねっ」


マリーの思いつきは力技だった!!

マリーは身を屈めて中腰になり、真珠の顔の前に虫眼鏡を翳す。


「真珠、見える?」


「わんっ!! わんわぅ、わうう!!」


真珠は虫眼鏡を見られて嬉しくてはしゃぐ。

マリーの体勢は幼女でも若くても、リアルでは絶対にやってはいけない危険なものだ。

くしゃみをしたら腰を痛める可能性が高く、くしゃみをしなくても腰を痛める可能性があるおそろしい体勢だが、ここはゲームの中。

『アルカディアオンライン』は痛覚設定が0パーセントなので、プレイヤーはリアルでは不可能な無茶なことができる。


「じゃあ、歩くよ。いちに、いちにのリズムで歩くからね。真珠、いい?」


「わんっ」


マリーの言葉に真珠は肯く。

悠里の気分は運動会の二人三脚だ。

去年、小学六年生の時の運動会は新型コロナのせいで規模が縮小されて、悠里は玉入れしかできなかった。

運動が苦手な子たちは喜んでいたけれど、悠里は家族の応援もなく、お昼は教室に戻ってお弁当を黙食する運動会は寂しかった……。


「わうー?」


歩き出さないマリーを見上げ、真珠が首を傾げる。

マリーは考え事をやめて真珠に謝った。


「ごめんね。真珠。ちょっと考え事をしちゃったの。じゃあ、歩くよ!!」


「わんっ!!」


「せーのっ。いちに、いちに……っ」


マリーと真珠は息を合わせて歩き出す。

……狭い室内の探検は、すぐに終わってしまった。


「探検、終わっちゃったね……」


「くぅん……」


マリーと真珠は項垂れた。

寝ているユリエルを置いて、部屋の外に探検に行くわけにはいかない。

真珠は部屋の中でどこか探検していない場所がないか見回し……探検していない場所を見つけた!!


「わうー!! わんわんっ!!」


真珠が見つけたのはベッドの下の隙間だ。

ベッドに駆け寄り、吠える真珠の話を頑張って解読したマリーは、真珠がベッドの下を探検したいのだと理解する。


「真珠。ベッドの下はきっと埃まみれだと思うよ……」


「くぅん?」


真珠は『ほこり』がわからなくて首を傾げた。

ベッドの下の空間は、マリーも真珠のように四つん這いになれば潜り込める。

マリーは迷った末に、真珠と一緒に埃まみれかもしれないベッド下を探検する決意を固めた。

真珠がやりたいというなら、叶えてあげるのが主のマリーのつとめだ!!


「埃まみれになったら、転送の間に行くかロ……じゃなくてゲームをやめてゲームを再開すれば綺麗になるはずだし。うん。大丈夫」


マリーは自分を納得させるために呟きながら、眠るユリエルに視線を向けた。

ユリエルが目覚めていたら埃まみれのマリーの姿を見られるのは恥ずかしくて嫌だけれど、ユリエルはまだ眠っている。

今のうちに真珠が希望するベッド下の探検を済ませてしまおう。

マリーは手のひらを上に向けて口を開く。


「魔力操作ON。ライトON」


マリーはベッド下の暗がりを『ライト』の光で照らして、真珠の顔の前に虫眼鏡を翳し、真珠と息を合わせてベッド下に這い進んだ。


***


紫月27日 夕方(4時45分)=5月17日 20:45



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る