第四百三十八話 高橋悠里たちは校長室で話し合いを始め、悠里と美羽のトラブルの原因が明らかになる



校長室に気まずい空気が漂い、居心地が悪くなった悠里が身じろぎをした直後、校長室の扉が開いて吹奏楽部顧問の矢上先生と学校司書の女性が入ってきた。


悠里は図書委員で学校の図書室に行くことがある幼なじみの晴菜に付き合って図書室に行ったことがあるので学校司書の女性の顔を知っている。

なんで司書さんがここにいるの……?


校長先生が立ち上がって矢上先生と学校司書の女性に挨拶をして、真ん中に座っていたソファーの一番端に寄って二人のためにスペースを開けた。

矢上先生と学校司書の女性が校長先生の隣に座り、悠里たちと向かい合う。

矢上先生たちが向かい側のソファーに座る悠里たちを一瞥して口を開いた。


「篠崎に『吹奏楽部のサックスパートの人間関係のことで相談がある』と聞いたので、スクールカウンセラーの資格を持っている学校司書の兵頭さんと、学校のトラブルを解決する責任者である校長先生に同席を頂いた。ぶっちゃけると俺ひとりの手に余る場合があるし、俺ひとりで対応すると、独りよがりな対応しかできないと思ったからだ」


矢上先生がそう言うと、校長先生がボイスレコーダーを机の上に置いて口を開く。


「この場にいる全員の同意が得られたら、この話し合いをボイスレコーダーに録音したいと思っています。言った、言わないの水掛け論を阻止する目的と『学校側が生徒たちの訴えを聞いた』ということの証明にするためです。私も、矢上先生も、兵頭さんも生徒からの訴えを聞いておきながら『知らなかった』と言うつもりはありませんが、この後、保護者の方への説明が必要な場合になった時のためにも、この話し合いを録音したいのです。録音することを了承してもらえますか?」


「あたしは録音に賛成します」


萌花は校長先生に、いち早く賛意を示す。

要は気遣うような視線を悠里に向けた。

要の視線に気づいた悠里は彼と目を合わせて小さく肯き、それから校長先生に視線を向けて口を開く。


「私も録音してもらって大丈夫です。聞かれて困ることはないので」


「俺は悠里ちゃんがいいなら、録音に賛成します」


悠里に続いて要が言う。

校長先生が肯いて、矢上先生と学校司書の兵頭さんに視線を向けた。

矢上先生と兵頭さんが肯いたことを確認して、校長先生はボイスレコーダーで録音を開始する。


「録音を開始しました」


校長先生がそう言うと、スクールカウンセラーの資格を持っている兵頭さんがテーブルにノートを開き、小さく手をあげた。


「発言しても宜しいですか?」


「どうぞ」


校長先生が兵頭さんに発言を許可する。


「この話し合いの内容を整理するために、ノートに筆記させてください。話し合いが終わったら、ノートは校長先生にお預けします。ボイスレコーダーと一緒に管理していただけたらと思うのですが」


兵頭さんの言葉を聞いた校長先生は悠里たちの顔を見つめて口を開く。


「私は、生徒の皆さんの了承が得られたのであれば、筆記していただいた方が話し合いの内容がわかりやすくなって良いと思います。篠崎さん、高橋さん、藤ヶ谷くん。どう思いますか?」


悠里は校長先生に名字を呼ばれて驚いた。

校長先生は悠里の顔を見て『高橋さん』と言ったし、要の顔を見て『藤ヶ谷くん』と言い、萌花の顔を見て『篠崎さん』と言った。


「俺は筆記してもいいです。話し合いの内容がわかりやすくなるなら、その方がいいと思います」


校長先生の顔を見返して要が言う。要が賛成するなら賛成したいと思いながら、悠里は肯いた。


「あたしも筆記してもらって大丈夫です」


萌花がそう言ったことで生徒全員の了承を得られ、お礼を言った兵頭さんが筆記をするためにペンを手に取る。

矢上先生が萌花に視線を向けて口を開いた。


「相談を持ち掛けてきたのは篠崎だよな。相談の内容を話してほしい」


矢上先生がそう言った直後、兵頭さんが小さく手をあげて口を開く。


「すみません。話を始める前に、確認をさせてください。向かって右側から二年生の藤ヶ谷くん、一年生の高橋さん、二年生の篠崎さんで宜しいですか?」


兵頭さんの言葉に悠里たちはそれぞれ肯く。

兵頭さんは悠里たちが肯いたことを確認して筆記し、さらに言葉を続けた。


「では質問です。篠崎さんはトラブルの当事者ですか?」


「いいえ。あたしは当事者じゃないです」


「では当事者の名前を教えてください」


兵頭さんの言葉を聞いた萌花は少し迷って悠里に視線を向けた。

悠里は小さく手を上げ、口を開く。


「えっと、トラブルの当事者のうちの一人は私です」


「当事者の一人は高橋さんですね。高橋さん以外にトラブルに関係している生徒の名前を教えてください」


「三年生の佐々木先輩です。この場にはいません」


要が兵頭さんにそう言うと、兵頭さんはその発言を筆記して萌花に視線を向け、口を開いた。


「どうぞ。話を始めてください」


「はい。あの、ここにいる高橋ちゃんと美羽先輩……佐々木先輩が険悪な状況になってしまっていて、中間テストが終わった後に部活が始まったら、さらに関係が悪化するんじゃないかと思って、それで相談したかったんです」


萌花の言葉を聞いて、悠里の心が重くなる。

なんでこんなことになってるんだろう……。

悠里は美羽に、自分なりに礼儀正しく接してきたのに……。


「トラブルの原因はわかりますか?」


校長先生に問いかけられて萌花は口ごもった。

悠里は萌花から自分が美羽に嫌われてしまった理由を聞いているが、今、ここで言うのは躊躇われる。

校長先生は萌花と悠里の顔を見て、口を開いた。


「いったん、録音を停止しましょう」


校長先生はそう言って、ボイスレコーダーを停止した。


「トラブルの根を知ることは重要です。決して他言しませんから、話してくれませんか? 兵頭さん。筆記も控えるようにお願いします」


校長先生の言葉に兵頭さんが肯いてペンを置いた。

萌花は迷った末に口を開く。


「佐々木先輩が藤ヶ谷くんに片想いをしていて、でも藤ヶ谷くんが優しくしているのが高橋さんだったので、佐々木先輩は八つ当たりとか逆恨みに近い感情で高橋さんにつらく当たっているのだと思います」


改めて聞くと、悠里へのとばっちりがひどい。

要が深く長いため息を吐いた。


***


※第四百三十八話に登場する『兵頭さん』は『ネルシア学院物語』の第6話にも登場します。



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