第四百三十六話 高橋悠里は放課後の教室で晴菜と雑談をしながら要を待ち、迎えに来た要と今後の部活のことを話して教室を出る



悠里は物思いに耽っている晴菜に掛ける言葉を見つけられないまま、帰りのホームルームを終え、放課後になった。

帰りのホームルームで、今週末に中間テストがあることや今日から『テスト前期間』で部活が無いことを担任教師から伝えられ、教室に居残る生徒の数はまばらだ。


悠里は帰り支度を終え、スマホを手にして自分の席に座る。

晴菜は自分の席に座ったまま動かない悠里を見て首を傾げた。


「悠里。帰らないの? 今日は藤ヶ谷先輩と待ち合わせしてないの?」


「今日は、要先輩が私のこと教室まで迎えに来てくれるの。だから待ってるの」


「そうなんだ。ラブラブだね」


からかうように言った晴菜に、悠里は照れて笑み崩れた。

ラブラブって言われた。嬉しい。


「あたしは図書室で拓海くんを待つ予定。図書室はテスト前期間中でも午後6時まで開けてくれてるし、拓海くんは生徒会をやめるっていう女子たちと話し合うって言ってたから、終わるまで待ってるって伝えたの」


「やめるって言ってた人たち、やめるのやめてくれたらいいね」


悠里の言葉を聞いた晴菜は首を横に振る。


「あたしは、拓海くんが困るってわかってて、困らせたくて一気に生徒会をやめる人たちにはさっさとやめてもらいたい。人手がいるなら、あたしが球技大会まで生徒会を手伝ってもいいと思ってる」


「はるちゃん、図書委員も部活もあるのに大丈夫なの?」


「フルートパートはあたし以外にも一年生がたくさんいるから、五月末まで休んでもそんなに迷惑は掛からないと思う。練習は、フルートを家に持って帰ってすればいいし」


「フルートは手軽に持ち帰れるからいいよねえ。アルトサックスはちょっと重いし、音が大きいから家で練習とか無理っぽいし」


「あたしの部屋、防音じゃないけどドアと窓を閉め切れば、すごく音が漏れるっていうことは無いと思うんだけど、今はステイホームでリモートワークとかしてる人も多いと思うから、近所迷惑にならないかちょっと心配。……あ。藤ヶ谷先輩が来てるよ。じゃあ、あたしは行くね」


晴菜は自分の通学鞄を持ち、悠里に手を振って、教室の前にいる要に会釈をして去って行った。

要は少し迷った後、1年5組の教室に足を踏み入れた。

悠里は勢いよく立ち上がり、要に深々と頭を下げ、勢いよく頭を上げて口を開く。


「要先輩っ。教室まで迎えに来てくれてありがとうございます……っ」


「待たせてごめんね。帰りのホームルームが長かったんだ。話が長い担任だと困るよね。悪い先生じゃないんだけど」


生徒の目を見ずに出席を取る信用できない担任と、話が長くて帰りのホームルームが長引く担任のどちらがいいだろうか。

……帰りのホームルームが長引く担任の先生の方がいいのかもしれない。


悠里以外に残っていたクラスメイト二人が教室を出て行って、教室内には悠里と要の二人だけになる。


「悠里ちゃんは篠崎からのメッセージ、読んだ?」


「はい」


「俺も読んだよ。それで、どうする? 職員室前に行く?」


「……迷ってます。正直、佐々木先輩の私への嫌悪はどうにもならないんだろうなと思うんです。だから、徹底的にかかわらない方向でいきたいんですけど」


「俺は、サックスパートのパート練習は、アルトサックスだけでやればいいと思うんだ。あと、合奏の時の席順を、佐々木先輩と相原に入れ替わってもらえば悠里ちゃんの隣の席は相原になるから、少しは安心できるんじゃないかな」


「座る場所の位置を入れ替えることってできるんですか? 右側から『1st』『2nd』になるんですよね?」


アルトサックスは要が主旋律を吹く『1st』で悠里が合唱で言うところの『アルトパート』のように中音域の旋律を担当する『2nd』だ。

席順は、右手から要・悠里の順番になる。

だからテナーサックスの『1st』の佐々木美羽が右側に座りテナーサックス『2nd』の一年生相原颯太は美羽の左隣の席に座るはずだ。

首を傾げて言う悠里の言葉を聞いて、要は口を開いた。


「今年のコンクールの課題曲と自由曲は、テナーサックスは『1st』『2nd』の区別が無いから、相原が悠里ちゃんの隣の席になっても大丈夫だと思う」


要の言葉は、現状を考えた上で最良の方法に思えた。

でも、悠里の心は重い。なんで、何も悪いことをしていないのにこんなに気を遣わなくちゃいけないんだろう……。


「佐々木先輩の部活引退が早まる……とかは無いですよね? こんなこと言ったらダメかもしれないけど、佐々木先輩が部活をやめてくれるのが一番平和かなあ……とか思って……」


そう言って項垂れる悠里の頭を撫で、要は口を開く。


「悠里ちゃんが嫌じゃなければ、とりあえず、職員室前に行ってみようか。顧問の先生とは話をしておきたいと思うんだ」


悠里は要に頭を撫でて貰って顔を真っ赤にしながら、何度も首を縦に振る。

そして要と悠里は教室の窓を閉めた後、通学鞄を持って教室を出た。



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