第四百十話 マリー・エドワーズは『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』をアイテムボックスに収納し、ユリエルを頼むと頭を下げる領主に力強く肯く



侍女はユリエルとマリーたち客人に紅茶を給仕した後、一礼して食堂の壁際に控える。

イヴの膝の上で蜂蜜飴を舐めていた真珠は、イヴの膝から飛び下りてテーブルの下を走り、マリーの膝に飛び乗った。

マリーは膝の上に乗り、自分を見上げる真珠の頭を優しく撫でて微笑む。


「真珠。おかえり」


蜂蜜飴を舐めている真珠は、吠えることなく首を縦に振る。

ユリエルはマリーと真珠のことを温かく見つめて紅茶を飲んだ。


「あのさっ。俺……っ」


バージルが真珠が去って少し寂しそうな顔をしているイヴに話しかけたその時、食堂に侍女長、港町アヴィラの領主でユリエルの父親でもあるヴィクター・クラーツ・ アヴィラ、それから領主の甥で鑑定師ギルドの副ギルドマスターでもあるフレデリック・レーンが姿を現した。


NPCの美形キャラ、フレデリック・レーンに真剣に恋をしているアーシャは鑑定師ギルドの正装である緋色のローブを着たレーン卿の登場に歓声をあげる。

レーン卿は歓声をあげるアーシャに苦笑して、アーシャの隣にいる情報屋に目を留めた。


情報屋はアーシャから許可を得て対価を支払い『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』を鑑定して手帳に鑑定結果を書き留めているところだった。

侍女長はヴィクター・クラーツ・ アヴィラを彼の子息のユリエルの隣の席に先導し、領主は侍女長の後に続く。

堂々とした足取りで、威厳があるとマリーは思った。


レーン卿は顔見知りの情報屋とアーシャに歩み寄り、そしてテーブルの上のポストカードと手帳に目を留めた。


「ミラー殿。……テーブルの上にあるのは何か尋ねても?」


レーン卿は自分が幼少時に女装させられた姿が描かれたポストカードと情報屋を見て冷たい微笑みを浮かべる。

アーシャは自分の宝物のポストカードを見たレーン卿の怒りを感じて凍りついた。

情報屋は『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』をアーシャのものと正直に言うべきか、自分のものと嘘を吐くべきが迷って沈黙する。

マリーはアーシャが怯えたような顔で凍りついているのを見て、自分がアーシャを助けなければと思いながら勢いよく右手をあげて口を開いた。


「レーン卿!! そのポストカードは私のですっ!! 作ったのはレイチェル様ですっ!!」


マリーはワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』のWPを交換した時の『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』の説明を思い出しながら叫ぶ。


「母上……」


マリーの言葉を聞いたレーン卿は憂い顔で呟き、ため息を吐いた。

マリーは真珠を抱っこして席を立ち、走って……侍女長の責めるようなまなざしを受けて走るのをやめ、しずしずと歩いて、マリーたちの向かい側のテーブルに座っている情報屋の元に向かう。

マリーに抱っこされた真珠も、気取ったおすまし顔をしている。

貴人の前では、マナーを守るのが大事だ。

マリーの『淑女の嗜み』スキルは仕事をしているだろうか……。


情報屋に歩み寄ったマリーは真珠を抱っこしたまま左腕の腕輪を情報屋に向けて口を開いた。


「情報屋さん。ポストカードを私の腕輪に触れさせてくださいっ」


「いいんですか?」


情報屋はアーシャを気にしながらマリーに問いかける。

マリーは力強く肯き、口を開いた。


「大丈夫ですっ。お願いしますっ」


「わかりました。マリーさんがそう仰るなら……」


情報屋がマリーの左腕に嵌まっている『不滅の腕輪』に『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』を触れさせる。

『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』はマリーのアイテムボックスに収納された。

レーン卿はマリーの左腕を見たが、彼にはマリーの腕輪は見えない。

レーン卿は軽くため息を吐き、情報屋の隣の椅子に座った。

アーシャはレーン卿に自分が『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』の現在の所有者だとバレずに済んでほっとした。


マリーはあとで、レーン卿が見ていない時に『ポストカード(女装して濃い青色のワンピースドレスを着た幼少時のフレデリック・レーン)』をアーシャに返そうと思いながら、真珠を抱っこしてしずしずと歩き、自分の席に戻った。

侍女長がマリーの椅子を引いてくれたので優美に一礼して……マリーの主観では優美に一礼できた……椅子に座った。

真珠もおすまし顔でマリーの膝の上に座る。

マリーが真珠を抱っこして椅子に座ったことを確認したユリエルは父親に視線を向けて口を開いた。


「お父様。船の出航の準備は整いましたか?」


「今、魔術師ギルドに風魔法を使える人材を出すように要請している。薬師ギルドには体力回復薬や魔力回復薬を準備してもらっている。うちの副料理長の前職が船の料理人だったらしいから、彼にも船に乗ってもらうつもりだ」


ユリエルの問いかけに応えた領主は眉をひそめ、口を開く。


「ユリエル。本当にお前が行く必要があるのか? 孤児の救出には騎士たちを行かせる。聖人の何人かも行くと言ってくれている」


領主の中ではユリエルは今もか弱い子どもで、早世した愛しい妻の忘れ形見だ。

危険なことはさせたくないし、してほしくはない。

ユリエルは領主である父親をまっすぐに見つめて口を開く。


「お父様。攫われたのはうちの領地に住む孤児たちです。領民を守るのは領主子息である俺の役目だと思っています」


ワールドクエスト『消えた孤児たちを追え!!』は時間制限があるクエストだ。

だが、決められた時間を過ぎてクエストが未達成になったとしても、ユリエルは孤児たちを探し、彼らを見つけて保護するつもりだ。

クエストが達成されてもされなくても、NPCは生きて、死ぬ。

だからこそ、クエスト達成の喜びや報酬がなくても、領主子息のロールプレイは『領民である孤児たちを救う』ことであるべきだと要は思う。

ユリエルの言葉を聞いて渋面を作った領主を見つめてレーン卿が口を開く。


「伯父上。ユリエルは聖人です。危険な目にあっても女神の加護がある。それに、私も一緒に行くのですから心配なさらないでください」


「フレデリック様も一緒に行ってくれるんですか!?」


レーン卿の言葉を聞いてアーシャが目を輝かせた。

情報屋はこっそりとステータス画面を出現させて、フレンド機能でマギーにメッセージを書き始める。

レーン卿はアーシャに微笑んで口を開いた。


「鑑定スキルを使える人間が必要でしょう? 孤児たちを特定するためにも、孤児を攫った犯人を捕らえるためにも」


レーン卿は情報屋が鑑定スキルを使えると知っている。

だが、情報屋が『自分が鑑定スキルを使えると知られたくないと思っている』ことも知っている。

だから、ここにいる聖人のひとりである情報屋が鑑定スキルを使えると領主に話すことなく、鑑定師ギルドの副ギルドマスターである自分が甥のユリエルと一緒に行くと伯父に告げた。


「……フレデリック。聖人たち。ユリエルをどうかよろしく頼む」


領主は甥と聖人たちにそう言って頭を下げた。

イヴは偉そうなNPCが自分たちに頭を下げたことに驚き、イヴとユリエル以外のテーブルに座っている者たちは領主に力強く肯く。

侍女長は幼女のマリーと子犬の真珠が力強く肯いているのを心配そうに見つめた……。



***


マリー・エドワーズのスキル経験値の変化


淑女の嗜み レベル1( 42/100)→ 淑女の嗜み レベル1( 54/100)


紫月22日 夕方(4時59分)=5月16日 14:59



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