第三百七十九話 マリー・エドワーズたちは孤児院の院長と院長室に行き、メルキューレ・ロアーノがワールドクエスト『消えた孤児たちを追え!!』を創造する



若い兵士は虚空を凝視して手を動かしているマリーを奇妙なものを見るような目で見つめたが、今、自分が領主の子息の前にいるということを思い出して姿勢を正す。


「ユリエル様っ。イヴさんにメッセージを送信しましたっ」


びしっと敬礼して言うマリーにユリエルは微笑んで肯く。


「真珠。おいで」


マリーはユリエルに抱っこされている真珠に両手を差し伸べた。

真珠はユリエルの腕の中からマリーの腕の中に飛び移る。

マリーは真珠をぎゅっと抱きしめた。

若い兵士はユリエルに視線を向けて口を開く。


「雨の中、立ち話では申し訳ないので孤児院の中へどうぞ」


雨に濡れているのは若い兵士だけで、傘に入っているユリエルとマリー、真珠と『ウィンドウォール・キューブ』を使っているロアーノはまったく濡れていない。

だから雨の中の立ち話でもまったく問題はないのだけれど……。

そう思いながらユリエルは若い兵士を見つめて口を開いた。


「部外者の俺たちが孤児院に入っていいの?」


現場保存とか、そういうことはしないのだろうか。

首を傾げて問うユリエルに若い兵士が戸惑う。

ロアーノはユリエルの肩を気安く叩いてにっと笑い、口を開いた。


「中に入れてもらおうぜ。関係者から話を聞きたい」


「ロアーノさんに賛成っ」


「わんわんっ」


マリーと真珠もロアーノに賛成したので、ユリエルは兵士に孤児院内に案内してもらうことにした。


マリーたちは孤児院内で孤児院の院長に迎えられ、院長室に通された。

孤児院の院長は領主と共に孤児院の慰問に来たことがある幼いユリエルを覚えていて、孤児たちの安否を気遣うユリエルに感動して涙を浮かべるほどだった。


わずか7歳の少年でしかないユリエルが、護衛騎士も連れずにこの場にいることに院長が全く疑問を抱いていないのは大切な孤児たちがいなくなって動転しているからだろうとユリエルは思う。


院長室のソファーにマリーとマリーの膝に抱っこされた真珠、その隣にユリエルが座り、ユリエルの隣にロアーノが座る。

マリーたちに向かい合うソファーに座った院長は、ユリエルと一緒にいるのが幼女と子犬、髭を生やした小男だという不自然さにやっと気がついた。


「あの、ユリエル様。領主様と護衛騎士の方はどちらに……?」


「ばあさん。そんなことより、孤児たちがいなくなった時の状況について話してくれ」


不安げに問いかける院長に、ロアーノが言う。

突然見知らぬ小男に『ばあさん』と呼びかけられた院長は目を剥き、口を開いた。


「ばあさん……っ!?」


「院長様。ごめんなさいっ。ロアーノさんは口は悪いけど凄腕の探偵さんなんです……っ」


ロアーノに『ばあさん』と呼びかけられて驚き、傷ついている院長にマリーが言う。

ロアーノは『探偵ロール』に60時間と10万円をつぎ込むほどの探偵マニアだ。

きっと推理漫画の主人公並みの推理力を有しているにちがいないと悠里は思う。

マリーの言葉を聞いた院長が不思議そうに首を傾げて口を開いた。


「たんていさん……?」


「そうだ。『探偵』っていうのは、孤児たちが消えたというような不可思議な事件を解決する生業のことだ」


「そうなのですかっ!? お願いします。どうか、子どもたちを助けてください……っ」


院長の中から初対面の小男から『ばあさん』呼ばわりされた驚きと不快さは消え失せ、縋るようにロアーノを見つめる。

ゲームのNPCとはいえ、チョロすぎるのではないだろうかとユリエルは不安になった。

院長がリアルにいたら、特殊詐欺の被害に遭ってしまいそうで心配だ。


「ばあさん。いや、院長。オレと助手たちに任せてくれ。必ず子どもたちを助け出す」


ロアーノがそう言った直後、サポートAIの声が響いた。


「メルキューレ・ロアーノがワールドクエストの創造に成功しました。ワールドクエスト『消えた孤児たちを追え!!』が発生しました。

メルキューレ・ロアーノ・マリー・エドワーズ・ユリエル・クラーツ・ アヴィラは強制受注になります。その他のプレイヤーはクエスト受注の操作が必要となります。

プレイヤーは無理のない範囲でご参加ください。


詳しくはステータス画面の『クエスト確認』をご確認いただくか、転送の間でサポートAIにお尋ねください。

尚、ワールドクエストの創造に成功したメルキューレ・ロアーノのプレイヤー善行値が大幅に上昇します」


新しいワールドクエスト!? 

しかもマリーとユリエルは強制受注……っ!?


サポートAIのアナウンスを聞いたロアーノは嬉しそうに右手の拳を握り、マリーとユリエルは困惑して視線を合わせる。

サポートAIのアナウンスが聞こえなかったテイムモンスターの真珠とNPCの院長は不審な行動をするロアーノに戸惑った。


***


紫月21日 真夜中(6時46分)=5月16日 10:46



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