第三百七十三話 マリー・エドワーズたちは世間話をして、情報屋はコーヒーを淹れる



情報屋がコーヒーを淹れるために、薬缶に『ウォーター』で水を注ぎ、コンロに火をつけている間に、探偵ロールをしているプレイヤーとマリーたちは互いに自己紹介を終えた。

探偵ロールをしている彼の名前は『メルキューレ・ロアーノ』というそうだ。


「オレはどうしても『エルキュール・ポアロ』っぽいグラフィックのキャラで探偵ロールがしたかったから、ゲーム初日の主人公選びに6時間使ったんだよ」


「主人公選びに6時間!?」


ロアーノの言葉を聞いたマリーは驚いて目を丸くした。

驚くマリーの反応を楽しみながら、ロアーノは話を続ける。


「そうだ。それでプレイ時間が終了して強制ログアウトさ。それで次の日も必死で理想の主人公キャラを探したわけよ。無課金で」


「それは……大変でしたね……。でも見つかってよかったですね。理想の主人公キャラ」


ユリエルがそう言うとロアーノは首を横に振って口を開いた。


「いや、見つからなかったんだな。結局。このキャラは10万円で買ったんだ。主人公キャラ選びにトータルで60時間かけた翌日、サポートAIから提案があったんだよ。『主人公キャラ選びにトータルで60時間以上かけていて、登録口座に30万円以上残金があるプレイヤーへの提案です。10万円を支払うことで、ゲーム制作スタッフがあなたの理想の主人公キャラを制作します』って言われて、それで主人公キャラを作ってもらうことにした」


主人公キャラ選びにトータルで60時間。

無理……。

悠里は15分探し続けて、自分が主人公として使いたい美少女キャラや美女キャラにひとりも当たらなければクレームを言っているような気がする。

ロアーノは話を続けた。


「まずはサポートAIに自分が探してる理想のキャラを語るわけよ。オレの場合は『エルキュール・ポアロ』っぽいグラフィックのキャラがいいっていうめちゃくちゃシンプルなオーダーで済んだわけだけどな。翌日、キャラグラフィック数体が提示されて、オレはこの主人公を選んだんだ」


どうやらユリエルが口にした『エルキュール・ポアロ』という人物? キャラ? は、グラフィック担当のゲーム制作スタッフにも通じるくらいに、相当に有名らしい。

マリーと真珠は全然知らない名前だけれど……。


薬缶から湯気が立ち上る。コーヒーを淹れるためのお湯が沸いたようだ。

情報屋はコーヒーサーバーに乗せてフィルターをセットしたドリッパーに、コーヒー豆を粉砕した粉を入れた。

そして薬缶から銀色のコーヒーケトルにお湯を注ぐ。

熱湯が注がれたコーヒーケトルを素手で持った情報屋を見て、ユリエルが目を丸くして口を開いた。


「コーヒーケトルを素手で持ったら熱くないですか……っ!?」


「私は『火傷耐性』を持っているので問題ないです。熱い物を持つのは『火傷耐性』のスキルレベル上げにもなるんですよ」


情報屋はそう言いながら、コーヒーケトルのお湯をコーヒーサーバーに乗せたドリッパーに注いだ。

コーヒーの良い香りが部屋の中に漂う。


「きゅうん……っ」


真珠はコーヒーの良い香りをいっぱいに吸い込んで目を閉じた。


「情報屋さん。マリーちゃんと真珠くんの分のコーヒーは砂糖とミルクを入れてもらえますか?」


ユリエルがお湯を注いでいる情報屋に言うと、情報屋は困った顔をして口を開いた。


「砂糖はありますが、ミルクは持っていないのです」


「はいっ!! ミルクなら私、持ってます!!」


マリーは今こそグリック村で買ったミルクを出す時だと思いながら、アイテムボックスから木桶の入ったミルクを取り出して木桶を床に置いた。

ユリエルは木桶にいっぱい入ったミルクに視線を向けて口を開く。


「すごいね。マリーちゃん。このミルク、どうしたの?」


「グリック村で買ったんですっ」


「わんっ」


ユリエルの問いかけにマリーが答え、真珠は肯いた。


「マリーさん。ミルクを小鍋に一杯分、売って頂けますか?」


情報屋に問いかけられたマリーは満面の笑みを浮かべて口を開く。


「喜んで!! ……でも、いくらで売ればいいんだろう?」


「くぅん?」


マリーと真珠が視線を合わせて首を傾げると、ユリエルが口を開いた。


「マリーちゃんはこのミルクをいくらで買ったの?」


「木桶の代金と、ミルクと、チーズとか卵とか野菜とか、いろいろ含めて金貨1枚と銀貨1枚です」


「わんっ」


マリーの言葉に真珠も肯く。

マリーの言葉を聞いたロアーノは呆れ顔で口を開いた。


「嬢ちゃんと子犬はぼったくられたんじゃねえの?」


「ぼったくられてないもんっ!! 正当な対価だもんっ!!」


「わんわんっ!!」


「では『ラブリーチェリー』の鑑定代金とミルクの代金を相殺ということでお願いします」


価格交渉が面倒くさくなった情報屋は笑顔でそう言って、コンロの上の薬缶をアイテムボックスに収納し、小鍋をアイテムボックスから取り出した。


情報屋が木桶のミルクを小鍋で掬い終えた後、マリーはミルクが入った木桶に左腕の腕輪に触れさせてアイテムボックスに収納した。

情報屋はミルクが入った小鍋をコンロの上に置き、コンロの火をつける。

それからコーヒーカップとソーサーを3セット、木の平皿を一つアイテムボックスから取り出した。

そして、情報屋はカップと平皿にコーヒーを注いでいく。

情報屋はブラックコーヒーを入れたカップをソーサーに置き、ロアーノとユリエル、それぞれの前に置いた。

真珠はユリエルのコーヒーカップを覗き込み、初めて見る真っ黒なコーヒーに驚いて目を丸くした。


***


紫月21日 夜(5時51分)=5月16日 9:51



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