第三百五十三話 マリー・エドワーズと真珠はグリック村の教会の中で復活し、教会長に金貨1枚を預けて『ラブリーチェリー』を村の人に収穫してもらうように依頼する



マリーと真珠は気がつくと、魔方陣の上に立っていた。

無事に死に戻りできたようだ。

木造の教会の復活の間は天井全体が光る形の明かりに照らされている。

マリーは周囲を見回して口を開いた。


「ここ、グリック村の教会の中……?」


「くぅん……?」


港町アヴィラの教会の内装とは違っているので、おそらくグリック村の教会の中で復活したのだろうとマリーは見当をつけた。

復活の間に明かりが灯ったことに気づいた神官が二人、復活の間に入って来る。

一人は白髪で顎に白い髭を生やした老人で、一人は若い少女だ。

どちらも神官が着る白いローブを着ているが、老人が着ているローブは少女が着ているローブより立派に見える。


「聖人様、聖獣様……っ。ああ。我らとグリック村を救うために女神様がお遣わしくださったのですね……っ!!」


老人の神官が感極まったように言う。彼は司祭の地位にあり、グリック村の教会の教会長の任についている。

教会長の様子を見て若い神官は引いた。

猿の群れに対抗するために幼女ひとりと子犬一匹を寄こすだけの女神なんて、あまりにもポンコツが過ぎる。

幼女が教会長に視線を向けて口を開いた。


「あのっ。ここはグリック村の教会なんですよねっ? 私、友達のノーマさんが心配で来たんです……っ」


「ノーマ? 村長の娘のノーマですか?」


教会長の言葉に幼女は肯く。幼女の足元にいる子犬も肯いている。


「ノーマも家族も無事に教会に避難しています。聖人様。聖獣様」


教会長が恭しくそう言うと、幼女と子犬は視線を合わせて、ほっとしたように笑い合った。

若い神官はその様子を見て心が温かくなる。

幼女が教会長を見つめて口を開いた。


「あのっ。猿が村を襲っていますよね。それは『ラブリーチェリー』が欲しいからなんですっ」


「そのようですね。今、村人が必死に果樹を守っていますが、どうなることか……」


幼女の言葉を聞いた教会長が沈鬱な表情を浮かべる。

幼女は口を開いた。


「村にある『ラブリーチェリー』を全部収穫して、私のアイテムボックス……えっと、収納箱魔法? で一時的にしまってしまえば猿の群れは村から出て行くかもしれないんですっ」


若い神官は、どう見ても頼りにならなそうな愛らしい幼女がこの騒動の収拾方法らしきものを提示したことに驚く。


「光の女神ルシアは『我が愛し子である聖人の望みは最大限の叶えること』と仰っていたと聖典に記載されています。すぐに、村人に『ラブリーチェリー』を全部収穫するように伝えます」


「えっと、収穫した『ラブリーチェリー』は全部私が買い取りますっ。一個おいくらですか?」


幼女の言葉に戸惑い口を閉ざした教会長の代わりに、若い神官が口を開いた。


「『ラブリーチェリー』は1房、銀貨5枚です」


「じゃあ大丈夫ですっ。全部買えると思います。私だけじゃなくて、一緒に来たパーティーメンバーもお金を払うのでっ」


幼女は力強く肯いて言った。


「他にも聖人様がいらしてくださっているのですか!?」


教会長は感極まって涙声で言う。


「はい。他の仲間は村の入り口で猿を撃退するために戦ってくれています。あ。『ラブリーチェリー』を村の人に収穫してもらうためのお金とか必要ですよねっ。ステータス」


幼女は虚空を見つめて指をさ迷わせた。

奇妙な行動に神官たちは眉をひそめるが、口は出さない。

やがて幼女の左手の手首の横に金貨が1枚現れた。

教会長は目を見張り、若い神官は声をあげそうになったが、唇を噛みしめてこらえる。

幼女は現れた金貨1枚を掴み、そして教会長に差し出した。


「あの、このお金で村の人に『ラブリーチェリー』を収穫してもらってください。お願いします」


「わかりました。私が責任を持ってお預かりし、果樹を守る村人に渡して『ラブリーチェリー』を収穫させます」


教会長は幼女から金貨1枚を受け取り、恭しく頭を下げた。

そして彼は若い神官に視線を向け、口を開く。


「カイラ。聖人様と聖獣様のお世話を頼む。私は『ラブリーチェリー』の果樹に向かう」


「わかりました。教会長様」


カイラは教会長に頭を下げ、彼が復活の間を出て行くのを見送った。


「あのおじいさん一人で大丈夫かなあ?」


「くぅん……?」


教会長がどう見ても弱そうな幼女と子犬に心配されているのを見て、カイラは思わず笑ってしまった。

笑ってしまってから、咳払いをしてなんとかごまかす。……ごまかしきれていない気もする。


「お姉さん。なんで笑ったの?」


「くぅん?」


咳払いでは、全くごまかしきれていなかった。

幼女と子犬に問いかけられ、カイラは口を開く。


「教会長は種族レベルが102なので、猿の群れには負けません」


カイラの言葉に幼女と子犬は目を丸くした。

カイラは言葉を続ける。


「それに、教会長は強力な回復魔法も使えますので心配ありません。それから、わたしの名前はカイラです。聖人様。聖獣様。孤児院出身ですので名字はありません」


「カイラさんですね。覚えましたっ。私はマリー・エドワーズです。5歳です。おうちは『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂です。よろしくお願いします。あと、一緒にいるのは私のテイムモンスターの真珠です。白い毛並みと青い目が綺麗な男の子です」


「わんわぅわう。わうわうわぉん」


「聖人様は5歳なんですね……」


「はいっ」


正真正銘の幼女のようだ。5歳の幼女の言葉にグリック村の命運を賭けてもいいのかと戸惑いながら、カイラはマリーと真珠を村人たちが避難している礼拝堂へと案内することにした。


***


紫月20日 早朝(1時15分)=5月15日 23:15



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