第三百三十話 マリー・エドワーズたちはクッキー生地を作る



作業台はユリエルの顔が出る高さで、マリーは作業台の前に立ち尽くし、見上げる。

真珠もマリーの隣に立ち、作業台を見上げた。

侍女長はマリーと真珠を見て口を開く。


「ナナ。真珠を抱き上げてください」


「はい。侍女長」


ナナは侍女長に指示され、真珠を抱き上げる。

侍女長はナナに抱き上げられた真珠に『クリーン』をかけ、口を開いた。


「ナナ。真珠は清潔になったので作業台の上に乗せてください。真珠。作業台の上では料理人たちの言うことを聞くのですよ」


「わんっ」


真珠は侍女長の言葉を聞いて肯く。

真珠は、ちゃんと白い服を着た人たちの言うことを聞く。勝手なことはしない。

ナナは真珠を作業台の上に乗せた。真珠は作業台の上できちんとお座りをして、じっとしている。

侍女長はマリーに視線を向けて口を開いた。


「続いてナナは、マリーさんを抱き上げて支えてください。作業台が高いので、マリーさんはナナに抱き上げられながらの作業になります。宜しいですね?」


「はいっ。よろしいですっ」


マリーは侍女長の言葉に肯く。ナナはマリーが納得したことを確認した後、マリーを抱き上げた。

マリーは作業台の上を眺める。


作業台にはふるいに掛けられた小麦粉が入ったボウル、計量された砂糖が入ったボウルに室温で柔らかくなったバター、ミルク大さじ1杯分が入った器が準備されている。


孤児院で幼い子の面倒を見た経験があるエリンは侍女長の言うことを素直に聞いている真珠とマリーを見て、年長の子や大人の言うことを聞かずに大騒ぎする孤児たちとはずいぶん違うのだなと感心した。


副料理長のアールは多忙を極める晩餐前の厨房内で、幼児とテイムモンスターが大騒ぎして暴れまわるという最悪の事態を回避できそうだとわかって安堵しながら口を開く。


「ではこれからクッキー作りを始めます」


「卵黄がなくても作れるの?」


作業台に用意された材料を見渡してユリエルが首を傾げる。

領主子息なのにクッキーの作り方にも詳しいのかと感心しながらアールは口を開いた。


「卵黄を使わない場合、しっかりとした歯ごたえの仕上がりになりますがおいしいですよ。本日は一番簡単に作れるクッキーの材料をご用意しました」


悠里はここで作り方を教わったクッキーのレシピをネット検索して各材料の分量を調べれば、リアルでも作れそうだと思った。

真珠は今からおいしいクッキーを作るのだと思って、わくわくして尻尾を振る。

アールはユリエルを見て口を開いた。


「ではユリエル様。まずはこちらの小麦粉が入ったボウルに、こちらのボウルに入った砂糖を入れてください」


「わかった」


ユリエルは作業台から頭だけが出ている状態だったが、問題なく小麦粉のボウルに砂糖を混ぜた。

アールはマリーに視線を向けて口を開く。


「ではお客様。お嬢様」


「はいっ。私の名前はマリー・エドワーズですっ」


「自己紹介をありがとうございます。マリー様。ではマリー様は小麦粉と砂糖が入ったボウルにこちらのバターを入れ、木のヘラで切るように混ぜてください」


「わかりましたっ」


マリーはバターを小麦粉と砂糖が入ったボウルに入れ、ダンテから渡された木のヘラで切るように混ぜようとした……が、できなかった。

マリーの『料理スキル』は仕事をしない……!!


「マリー様。助手の僕がお手伝いをさせていただきます」


ダンテは恭しく言ってマリーに木のヘラを返してもらい、手早く混ぜた。

そしてアールに視線を向けて口を開く。


「副料理長。作業が終わりました」


ダンテはアールに視線を向けて言う。

アールはダンテと視線を合わせて肯き、それからユリエルを見て口を開いた。


「ユリエル様。こちらのミルクを材料を混ぜ合わせたボウルに入れて頂けますか?」


「わかった」


ユリエルはミルク大さじ1杯分が入った器を持ち、材料を混ぜ合わせたボウルにミルクを入れた。

ユリエルがミルクを入れたことを確認したアールは真珠とエリンに視線を向け、口を開く。


「ではテイムモンスター様とエリンは手で生地をまとめてください。侍女長はまとめ終えた生地に『クリーン』をお願いします」


「わんっ」


「わかりました」


「承知しました」


真珠とエリン、侍女長はアールの言葉にそれぞれ肯く。

真珠が自分を補佐してくれるエリンに視線を向けると、エリンは肯いて真珠の前に材料が混ぜ合わされた木のボウルを置いた。

真珠はワクワクしながらボウルに前足を突っ込む。

エリンは木のボウルを左手で支えながら真珠が取りこぼした生地を右手でまとめる。

それからエリンは真珠を見つめて口を開いた。


「真珠さん。仕上げは私がやりますね」


「わんっ」


真珠はエリンに肯いてボウルから前足を出した。

クッキー生地がくっついた真珠の前足に、侍女長が『クリーン』をかける。


「わぅわううわううわ」


真珠は前足を綺麗にしてくれた侍女長に頭を下げてお礼を言った。

侍女長は真珠に微笑み、口を開く。


「どういたしまして」


マリーは真珠がクッキー生地をこねているのを息を詰めて見守り、真珠が侍女長に頭を下げてお礼を言ったことに感動した。

ユリエルは真珠を見つめるマリーを微笑ましく見守る。


エリンはクッキー生地をまとめ終え、そして侍女長がクッキー生地に『クリーン』をかけた。

一連の作業が終わったことを確認したアールは口を開く。


「それではクッキー生地を保冷庫で30分ほど寝かせます。その後、クッキー生地の型抜きをしていただきます。30分後にまたお越しください」


アールの言葉を聞いてユリエルが口を開く。


「わかった。忙しい時間帯に対応してくれてありがとう」


「恐縮です」


アールはユリエルに一礼する。

ナナはマリーを地面に下ろし、真珠は作業台から軽やかに地面に飛び下りた。


「お菓子作りを教えてくれてありがとうございますっ」


「わぅわううわううわっ」


マリーと真珠は料理人たちに頭を下げ、そしてユリエルたちは厨房を出て行った。


***


紫月17日 夜(5時10分)=5月15日 9:10



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