第三百二十八話 マリー・エドワーズと真珠、ユリエルは厨房の副料理長たちを悩ませる



港町アヴィラの領主館の厨房は、晩餐の準備を控えた夕方、領主子息からの『客人と一緒にお菓子を作りたいので材料と補佐する人員を配置してほしい』という無茶な命令を受けて混乱した。

領主子息であるユリエル・クラーツ・アヴィラは現在7歳。その客人は5歳で客人のテイムモンスターも厨房に入るという。


「7歳と5歳の子どもが厨房に入るなんて……」


領主一族の晩餐の準備のため、多忙を極める厨房に立ち、白い厨房服を着た長身の男、アール・エマーソンはため息交じりに呟く。

アールは港町アヴィラの領主館の厨房の副料理長で、総料理長から『厨房で菓子を作りたい』という領主子息のユリエルと彼の客人を補佐するように命じられた。


アールは元々ある商船の専属料理人をしていたが、大嵐に遭い、船に修復不可能な亀裂が入ってしまったために解雇され、その後に安定した職場に就くことを目指して領主館の料理人になった。


領主館の料理人は住み込みで三食賄付き、仕事で使う厨房服等は洗い場に持っていけば洗ってくれて、皺のない状態にした後に畳んでカゴに入れ、部屋の前に置いてくれる。

相場より高い給金を遅滞なく払ってくれる職場だが、その分、きわめて多忙である。

それに、領主館の料理人は住み込みでの仕事なので結婚した者は退職することになる。

例外は総料理長で、彼は領主館の東棟に家族と共に住むことを領主から許されている。

厨房では総料理長の言うことが絶対であり、総料理長は領主一族の意向に従う。

……アールにできたのは、自分ひとりでは荷が重いので補佐をする人間を二人つけてもらうことだけだった。


アールの補佐に入るのは孤児院出身の女性料理人のエリンと晩餐の菓子を担当することが許された料理人のうち、一番年齢が若いダンテ・カーヴァーだ。

エリンは孤児院で年少の子どもたちと一緒に料理をした経験があるということで、アールが一人目の補佐に選んだ。


ダンテは港町アヴィラと王都リューンを繋ぐグローリア街道沿いに位置する花の町カーヴァーの領主の三男で、菓子作りがしたいと父親と大喧嘩をした挙句に港町アヴィラの領主館に転がり込んだ経歴を持つ。

元貴族であり、礼儀作法をわきまえているという理由で、総料理長が二人目の補佐にダンテを選んだ。


アールとエリン、ダンテはクッキーを作る材料を計って準備し、領主の子息と客人に簡単で安全な作業をしてもらうための道具等の用意を終えた。

エリンは用意を終えた作業台を見回してアールに視線を向け、口を開く。


「作業台が高すぎますよね。踏み台とかないんですかね?」


「そんなものあるわけないだろ。踏み台が必要な幼児が厨房に出入りすることは無いんだからな」


エリンの言葉を聞いたアールは思わず本音を零した。


「ユリエル様は7歳でいらっしゃるから、幼児とは言えないと思います」


呑気な口調でそう言うダンテに苛立ったアールがダンテを怒鳴りつけようとしたその時、騒動の元凶である領主子息のユリエルと彼の客人たちが厨房に入ってきた。


***


紫月17日 夕方(4時46分)=5月15日 8:46



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