第三百十八話 高橋悠里は美羽が中間テストが終わるまで部活を休むことを知り、大好きな要から可愛いマスクケースを貰って喜ぶ



音楽準備室の扉の前で要と別れた悠里は音楽準備室で自分のアルトサックスケースを出して、サックスパートがいつも借りている1年3組の教室に向かう。


1年3組の教室前に到着した悠里は教室内の様子をそっと窺った。

1年3組の教室からはアルトサックス、テナーサックス、バリトンサックスの音が響いている。

……テナーサックスを担当している佐々木先輩が、今日は部活に来ているのかもしれない。


「……気合っ」


悠里は自分を鼓舞するために、小さな声で呟いた。

いつまでも教室前で立ち尽くしていても仕方がない。勇気を出して、一歩踏み出す。


教室に入った悠里は教室に、いつも意地悪を言う三年生の佐々木美羽の姿がなくて戸惑いながら、空いている机に通学鞄を置き、床にアルトサックスのサックスケースを置いた。


テナーサックスを吹いていたのは美羽ではなく、悠里と同じ一年生の颯太だった。

教室には颯太の他に、アルトサックスを吹く要とバリトンサックスを吹く萌花がいる。

萌花は教室を見回している悠里に気づいてバリトンサックスを吹くのをやめ、微笑んで口を開いた。


「高橋ちゃん。お疲れ。もしかして美羽先輩のことを探してる?」


「あ、いえ……。別に探しているわけではないです……」


正直に言うと、悠里は美羽がいない方が嬉しい。……ほっとする。


要はアルトサックスを吹くのをやめて萌花と話す悠里を見つめた。

悠里に失恋した颯太は悠里と要の姿をなるべく見ないように背を向け、テナーサックスを吹き続ける。


「美羽先輩、しばらく部活を休むって」


萌花の言葉に悠里は不安な気持ちになって口を開いた。


「しばらくってどのくらいですか……?」


「中間テストが終わるまでって言ってた」


「そうですか」


中間テストが終わるまでは、悠里は美羽に怯えなくて済む。

萌花の言葉を聞いた悠里は口元が緩みそうになり、気を引き締めた。

今はマスクをしているとはいえ、美羽が部活に来ないことを喜んでいると萌花に知られるのは気まずい。

萌花と美羽は学年が違うけれど、仲が良い友達だということは悠里にもわかるので。


要は悠里と萌花の会話が終わったタイミングで自分の通学鞄から昨日、折り紙で作ったマスクケースを取り出した。

いつも悠里にマスクケースを貰ってばかりなので、要も『フローラ・カフェ』の公式サイトでマスクケースの作り方を調べて、家にあった折り紙で作ったのだ。


折り紙は去年の七夕に要の母親が「七夕飾りを作る」と言って買ってきたけれど、短冊を作っている途中で飽きて放置した物を使った。

自分用に青色と水色の折り紙を使ったマスクケースを、悠里にはピンクと白の折り紙を使ったマスクケースを作った。


金色と青の『ユリエルカラー』で作って渡そうかとも思ったのだけれど『アルカディアオンライン』を知らず、要の主人公のユリエルに会ったことがないサックスパートのメンバーから『派手すぎるマスクケース』と奇異な目で見られるかもしれないと思ってやめた。


「悠里ちゃん」


要は首から掛けたストラップのフックにアルトサックスを引っかけ、右手に悠里のために作ったマスクケースを持って悠里に歩み寄る。


「いつも悠里ちゃんにマスクケースを貰ってるお礼に、俺も作ってみたんだ。よかったら貰って」


要はピンクと白の折り紙を使って作ったマスクケースを悠里に差し出す。

悠里は要からマスクケースを受け取り、大切に両手で持った。


「マスクケース、可愛い……。ありがとうございます。要先輩」


「どういたしまして」


要が悠里のために作ってくれたマスクケースを捨てたくない。

そう思いながら悠里は要を見つめて口を開いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る