第二百九十六話 マリー・エドワーズは馬車が動き出したその時、強制ログアウトする



祖母はマリーから渡されたお菓子の箱をカウンター内の棚にしまい、カウンターから出て、真珠がお菓子を食べ切った空の箱を身を屈めて拾い上げる。

マリーと真珠は祖母に「行ってきます」と挨拶をしてユリエルと共に外に出た。


外に出ると、護衛騎士の一人がユリエルに傘を差しかけ、真珠を抱っこしたマリーに御者が傘を差しかける。

『アルカディアオンライン』で雨が降るのを見たのも、傘を見たのも初めてで、悠里はなんだかわくわくした。


ユリエルが乗ってきた馬車はマリーと真珠が乗せてもらったことがある馬車とは違い、白く、金色の縁取りがある紋章入りの豪奢なものだった。

まずはユリエルが護衛騎士の手を借りて馬車に乗り込み、続いてマリーが抱っこしている真珠を馬車に乗せる。

その後、マリーが御者の手を借りて馬車に乗った。

御者は扉を閉める。


ユリエルの護衛騎士は二人。騎士たちは雨に打たれながら馬に乗るようだ。

どちらの護衛騎士の左腕にも腕輪はない。NPCだ。

護衛騎士たちが雨にうたれて風邪を引いたりしないかマリーは心配になったが、港町アヴィラには薬師ギルドがある。

風邪程度なら、きっとなんとかなるのだろう。


……そういえばワールドクエスト『鑑定モノクル狂想曲』は今、どうなっているのだろうか。

以前、クレムが『錬金術師ギルドマスターの暗殺計画が進んでいる』というようなことをぼろっと零していたような気がするけれど……。


マリーとユリエルは向かい合って座り、真珠はマリーの隣で窓の外を見ている。

馬車がゆっくり動き出したその時、サポートAIの声が響いた。


「プレイヤーの身体に強い揺れを感知しました。強制ログアウトを実行します」


その言葉を聞いた直後、マリーの意識は暗転した。


悠里が目を開けると、祖母の顔が目の前にあった。


「お祖母ちゃん……?」


「悠里。起きたのね。よかった」


祖母がほっとしたように微笑み、言葉を続ける。


「学校から帰ってきているなら、私かお母さんに顔を見せてちょうだい。すぐに部屋に引っ込んでゲームばっかりしていたらダメよ」


「ごめんなさい。お祖母ちゃん。でも、ゲームで先輩と待ち合わせをしていてね、だから急いでゲームをプレイしなくちゃいけなかったの」


ユリエルなら……要なら、マリーと真珠が突然眠り込んだことで、悠里が強制ログアウトをしたと察してくれるだろう。

悠里はそう思いながらベッドから起き上がり、ヘッドギアを外して電源を切る。

それからゲーム機の電源を切った。

ヘッドギアとゲームをつなぐコードはそのままにしておく。


「晩ご飯はささみのフライとキャベツの千切り、かぼちゃの煮つけ、それから海藻サラダよ」


「おいしそうっ。今日の晩ご飯はお祖母ちゃんが作ってくれたの?」


「私はささみのフライとかぼちゃの煮つけを作ったわ」


それは祖母がメイン料理のすべてを担当したということではないだろうか。

母親にそれを言ったら「キャベツの千切りは腕が疲れるのよ!!」と反論される気がする。


「お祖母ちゃん。私が部屋でゲームをしてたことはお母さんには内緒にしてくれる?」


悠里の部屋を出て行こうとした祖母の背中を見つめて悠里が言うと、祖母は足を止めて悠里を振り返り、ため息を吐く。


「わかった。でも、これからは学校から帰ったらちゃんと顔を見せるのよ」


「はあい!!」


悠里は満面の笑みを浮かべて、祖母に返事をした。




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