第二百九十二話 高橋悠里は晴菜にカレシができたことを知り、晴菜の恋愛事情を知る



悠里と要は楽器を片づけ、ゲームで会う約束をして別れた。

悠里はスマホで晴菜にメッセージを送る。すぐに返信が来た。

晴菜は四階にある図書室にいるようだ。


常に楽器の音や歌声が響き渡る音楽室と静寂を必須とする図書室を同じ階に配置した人は、ずいぶんうっかりしている性格だと悠里は思う。

一応、図書室の壁は『防音』になっているらしいけれど。


晴菜は吹奏楽部の部活の他に図書委員をしているので、図書室の専属司書と仲がいい。

専属司書の女性は司書の資格の他に、スクールカウンセラーの資格も持っているそうで、司書の業務の他に生徒のケアを担当するために学校職員として雇われたと晴菜から話を聞いたことがある。


悠里が図書室の扉を開けると、専属司書の女性と話していた晴菜と目が合う。

晴菜は専属司書の女性に手を振り、悠里に歩み寄った。

悠里は晴菜を見つめて口を開く。


「はるちゃん。待たせてごめんね」


「別にいいよ。ちょっと本を読めたし、本を借りたし、司書さんとお喋りするのは楽しかったから」


悠里と晴菜は図書室を後にして廊下を歩く。

晴菜は悠里に視線を向けて口を開いた。


「それで? 悠里はあたしに何か報告すること、ある?」


「私……要先輩とお付き合いをすることになりました……」


「そっか。よかったね。悠里」


「ありがとう。はるちゃん」


「あたし、ちょっとメッセージを送りたい人がいるから止まってくれる?」


足を止めてそう言う晴菜に肯き、悠里は階段を下りる直前で立ち止まる。

晴菜は通学鞄からスマホを取り出した。

そして手早くメッセージを記載して送信した後、スマホを制服のポケットに入れる。


「ごめん。お待たせ。悠里」


「はるちゃん。誰にメッセージを送ったの?」


「相手から返信が来たら、話すね」


晴菜はそう言いながら階段を下り始める。

悠里は晴菜の後に続いた。


悠里が昇降口で上履きから靴に履き替えていると、先に靴を履き終えていた晴菜が制服のポケットに入れていたスマホを取り出した。

靴を履き終えた悠里は、スマホの画面を見て微笑む晴菜を見つめて口を開く。


「はるちゃん。さっき送ったメッセージの返事が来たの?」


「うん。悠里。あたしもカレシできたよ」


「……えっ?」


悠里は晴菜の言葉が理解できずにフリーズする。


「だから、悠里は明日から藤ヶ谷先輩と一緒に帰っていいからね。存分に放課後デートとかするんだよ」


「待って待って待って待って。はるちゃんの話が理解できないんですけど……っ」


「さっき、あたし、氷川くんにメッセージ送ったの。覚えてる? 小6の時に児童会長をしてた氷川くん」


「あ、うん」


氷川拓海は悠里が一時期、淡い憧れを抱いていた男子だ。

でも、彼が晴菜に告白をしたと知って、自分の気持ちを胸の底に押し込めた。

今日、要に好きだと言われていなければ『氷川くん』という名前を聞いて、少しだけ胸が痛んだかもしれない。


「あたし、小6の時、12歳の誕生日に氷川くんに告白されて断ったんだけどね。その時に彼に言われたの。『気が変わったらいつでも言って』って。だからさっきメッセージを送って聞いてみたんだ。『あの言葉って今も有効?』って」


「それで……氷川くんとはるちゃんは付き合うことになったの……?」


「うん。あたしにカレシができたら、悠里も心置きなく藤ヶ谷先輩とラブラブな時間を過ごせるでしょ? だから、あたしもカレシを作ろうと思って」


そう言いながら晴菜は歩き出す。

恋人を作ろうと思って数分で恋人ができる。

悠里は晴菜の『モテる女子力』に慄いた。


「私は、はるちゃんと一緒に帰りたいよ……っ」


悠里は先を歩く晴菜を追いかけながら言う。


「あたしとは朝、一緒に登校するからいいじゃない。クラスも一緒だし。でも藤ヶ谷先輩は二年生なんだから、部活以外にも一緒にいられる時間を作った方がいいよ」


「要先輩とはゲームでも会えるし、遊べるもんっ」


「はいはい。惚気、ごちそうさま」


晴菜は悠里をあしらいながら、歩く。

悠里はどうしても気になったことを尋ねようと口を開いた。


「はるちゃんは氷川くんのこと、好きなの……?」


「うん。元々いいなって思ってたよ。でも、小6の時は悠里も氷川くんのこと好きだったでしょ?」


「……はるちゃん、気づいてたの?」


小学六年生の悠里が氷川に向けていたのは恋愛的な『好き』というよりも、もっと淡い気持ちだった。でも、悠里の目の前で晴菜と氷川が付き合う姿を見させられていたらつらかったと思う。


「悠里は、あたしが氷川くんに告白されたって知っても、あたしが彼を振ったって知っても態度を変えないように頑張ってくれて嬉しかったよ。あの頃、あたし、氷川くん関係でいろいろ悪口を言われてたから」


「そうなの!? 私、全然知らなかった……っ」


「小6の時はあたしと悠里、クラスが違ったし、あたしも悪口とか言われてるのを悠里に知られないようにしてたから」


校門に差し掛かった時に、晴菜が苦く笑って言った。


「本当はあたし、氷川くんと付き合ってみたかったの。でも、そうしたら悠里はきっと自分の気持ちを押し殺して、我慢して笑うんだろうなって思ったら、彼のこと振っちゃってた」


「はるちゃん。……ごめんね。私のことを考えてくれてたんだね」


「ううん。悠里のためじゃない。悠里と一緒にいたい自分のためにそうしたの。悠里を傷つけて、嫌われたくなかった」


「私がはるちゃんを嫌うなんて有り得ないよ……!!」


「うん。そうだよね。……そうなんだけど、でも、あの時のあたしは氷川くんより悠里の方が大事だったの。だけど、今は、今なら悠里と氷川くんを両方選べるかなって思って」


晴菜と並んで歩く、いつもの帰り道。

悠里は晴菜が心に押し込めてきた想いを聞きながら、晴菜の横顔を見つめる。

美人でスタイルがよくて、頭が良くて手先が器用で……晴菜は特別な存在だと思っていた。

今も、そう思っている。男子の恋の相手は、いつでも晴菜だったから。

でも、そんな晴菜でも傷つくことがあって、思い通りにならないこともある。


「あたし、藤ヶ谷先輩は悠里のことだけを見つめて大事にしてくれる人だと思う。だから、悠里と藤ヶ谷先輩が付き合うことになってすごく嬉しいの」


晴菜は悠里を見つめて言う。


「ありがとう。はるちゃん……」


悠里は晴菜の優しい言葉を聞いて泣きそうになる。

でも、道行く人の目があるところで泣くなんて恥ずかしいし、マスクが濡れてしまうので、悠里は涙が出ないように何度も瞬きをした。




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