第二百九十話 高橋悠里は『愛の挨拶』を聞き、憧れの先輩から告白される

颯太は悠里と話がしたくなって、テナーサックスを音楽室の椅子の上に置き、首からストラップを掛けたまま音楽室を出た。


悠里は今、どこにいるのだろう? おそらく要と一緒にいると思うけれど……。

要はさっき『悠里ちゃんに聞いてほしい曲がある』と言っていた気がする。

アルトサックスの音色を辿れば、悠里の居場所にたどり着けるだろうか。

颯太はそう思いながら、階段を下り始めた。


一方その頃、悠里と要は1年5組の教室にいた。

教室には悠里と要以外には誰もいない。悠里は教室の窓を開けた。


「悠里ちゃんは椅子に座って」


要に促された悠里は自分の机にアルトサックスを置いて椅子に座る。

要は悠里の隣に立ち、微笑んで一礼した。


「実は今朝、先生に無理を言って朝練をさせてもらったんだ。この曲を練習したくて。皆には内緒ね」


要の言葉を聞いた悠里は、何度も首を縦に振る。

要のアルトサックスを悠里ひとりが聞けるなんて、嬉しい……!!

要がアルトサックスを構えた。要は、立ち姿も美しい。

アルトサックスの音色は、悠里がよく知るクラシック曲を奏でる。

エルガーの『愛の挨拶』だ。乙女ゲームの告白スチル、恋愛イベントスチル、エンディングでよく用いられるクラシック曲。

悠里はアルトサックスのやわらかな音色で奏でられる『愛の挨拶』に聞き惚れた。


要が『愛の挨拶』の最後の一音を美しいビブラートを響かせて奏で終えた。

演奏を終えた要が悠里に一礼する。

悠里は美しい『愛の挨拶』を独り占めをして聞けた感動を、力いっぱいの拍手で示す。

手のひらが痛くなっても拍手し続けたい……!!

要は目を輝かせて拍手し続ける悠里に微笑んで、手を差し伸べる。

悠里は拍手をやめ、問うように要を見つめる。

要は、悠里に肯いた。悠里は、ためらいながら要の手に自分の手を重ねて立ち上がる。


「悠里ちゃん。俺は悠里ちゃんのことが好きだよ」


「要先輩……」


「悠里ちゃんの笑顔が好きだし、ずっと一緒にいたいと思ってる。だから、俺と付き合ってください」


要の言葉が悠里の耳から、身体全体に染み渡る。

……要は憧れの人で、だけど悠里には手が届かない素敵な人で。

恋なんか、とてもできないと思っていた。

平凡な悠里が、特別な要に選んでもらえるなんて、そんな奇跡が起きるなんて考えもしなかった。

……でも、だけど。


「私で、いいんですか……?」


「俺は、悠里ちゃんがいい」


要は自分の手に重なる悠里の華奢な手を優しく握りながら、想いを込めて言った。


「私……っ。私、要先輩が好きです。大好きです」


悠里の中から溢れた要への恋心が、言葉になる。

ずっと、ずっと押し込めてきた想い。

叶わないから、傷つきたくないから、目を逸らして無かったことにしていた恋心。

恋ではなく憧れだと言い張って、自分にも、自分以外の誰かにも嘘を吐いていた。


「私を、要先輩のカノジョにしてください……」


要をまっすぐに見つめて言う悠里に要は肯く。

お互いだけを見つめている悠里と要を……1年5組の教室の扉の影から颯太が見ていた。



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