第二百八十九話 高橋悠里と要が去った音楽室で晴菜は萌花を糾弾する



「松本。お前、いきなり何を……っ」


晴菜の言葉に衝撃を受けて固まっている萌花の代わりに、颯太が言う。

晴菜は颯太を見据えて口を開いた。


「あたしは悠里のことを好きな相原が篠崎先輩を嫌悪しないの、すごく不思議だけど」


「高橋と篠崎先輩は仲良いよ。いつも楽しそうに喋ってるし、高橋が佐々木先輩に嫌なことを言われてると、篠崎先輩がいつも空気変えてくれるし……」


「それよ。あたしが篠崎先輩を大嫌いな理由」


「松本さん。それ、どういうこと……?」


真正面から『大嫌い』という言葉をぶつけられて固まっていた萌花が晴菜を見つめて問いかける。

晴菜は萌花を睨みながら口を開いた。


「篠崎先輩はなんで、悠里に意地悪をする佐々木先輩を正面から止めないの? なんでいつも『空気を変える』だけなの?」


晴菜に問いかけられて萌花はひるんだ。

颯太は首を傾げて口を開く。


「篠崎先輩は佐々木先輩と仲が良いから、空気を変えるのが精一杯なんじゃないか……?」


「それって『佐々木先輩の気持ちだけを大事にして何も悪いことをしていない悠里が一方的に傷つけられる状況を許容している』っていうことですよね?」


晴菜に叩きつけるように言われて、萌花は俯く。

颯太は萌花を庇うように一歩進み出て、口を開いた。


「松本。言い過ぎだ。高橋を傷つけてるのは佐々木先輩で、篠崎先輩じゃない」


「じゃあ質問を変える。篠崎先輩は佐々木先輩が引退するまで、悠里を傷つけ続けることを見過ごすつもりですか?」


颯太は晴菜の言葉を聞いて目を見開く。

俯いていた萌花はのろのろと顔を上げて晴菜を見た。

晴菜は萌花の言葉を待っている。音楽室にいる部員たちは、固唾を飲んで成り行きを見守る。


「美羽先輩と……ちゃんと話す。高橋ちゃんのことを理不尽に傷つけないようにって説得する」


「その言葉、忘れないでくださいね」


晴菜はそう言って、音楽準備室に向かう。

晴菜がいなくなった音楽室では、部員たちがお喋りを始めた。

颯太の告白や、音楽室を出て行った要と悠里のこと。萌花を糾弾した晴菜のことをそれぞれに話している。


「……篠崎先輩」


颯太は暗い顔をしている萌花に声をかけた。

萌花は颯太を見つめて苦く笑う。


「人に『大嫌い』って言われるのも悪意をぶつけられるのも、キツいね。……高橋ちゃんはこんな気持ちを毎回、味わっていたんだよね」


萌花の言葉に颯太は言葉を失った。

パート練習で美羽がいる教室に入るのを怖がっていた悠里を、想う。


「……俺、高橋の気持ちとか、なんにもわかってなかった」


颯太のか細い呟きは、音楽室の喧騒にかき消された。



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