第二百八十八話 高橋悠里は要に連れ去られて音楽室を出て、残された颯太は告白が伝わらなくて困惑する
悠里は颯太の言葉に困惑した。
なぜ、今、大声で悠里を『人として好きだ』と言う必要があるのだろうか。
これが颯太の急ぎの用事……?
悠里は首を傾げながら口を開く。
「ありがとう……?」
要はライバルに先に告白をされて焦ったが、悠里が颯太の告白をまったく理解していないようだと気づいた。
音楽室を見回して晴菜の姿を見つけた要は彼女に視線を向けて口を開く。
「松本さん!! 俺、悠里ちゃんのことちょっと借りるけど、いい!?」
「どうぞ!! あたし、待ってるんで連れて行ってください!!」
晴菜の了承を得た要は悠里の手を取る。
「悠里ちゃん。行こう」
「えっ? あ、はい……っ」
「ちょ……っ!! 高橋、返事は……っ!?」
告白の返事を貰えないまま悠里を要に連れ去られそうになった颯太が声を上げる。
「返事? ありがとう……?」
要に手を引かれながら颯太を振り返った悠里が言う。
そしてアルトサックスをストラップに掛けた要と悠里は音楽室を出て行った。
静まり返ってきた音楽室がわあっと沸く。
「俺、今、ちゃんと告白したよな……?」
そう呟いて椅子に座り、颯太は肩を落とした。
「高橋ちゃん以外には伝わったと思うよ。相原くん」
バリトンサックス奏者の萌花は項垂れる颯太の肩を叩いて慰める。
「なんで高橋には伝わらないんだ……?」
「松本さんに聞いてみれば? 高橋ちゃんと仲良しだから、高橋ちゃんがめっちゃ鈍……んんっ。あんな感じの理由とか知ってるかもよ」
萌花の言葉に颯太は顔を上げて晴菜を探す。
晴菜は沸き立つ喧噪から離れて楽器をしまうために音楽準備室に移動しようとしていた。
「松本……っ」
テナーサックスをストラップのフックに掛けたまま立ち上がり、颯太は晴菜に駆け寄る。
「俺、さっき高橋に告白したよな? なのになんで伝わらないんだ……っ!?」
颯太に話しかけられた晴菜は、ものすごく嫌そうな顔で颯太を見つめて口を開く。
「そんなの相原の伝え方が悪すぎるからに決まってるでしょ」
颯太と晴菜のやり取りに、音楽室が静まり返った。
「俺はちゃんと『俺、高橋のことが好きだ』って言った!!」
「言ってたね。でも悠里には伝わってないよ。悠里の恋愛の判断基準は『乙女ゲーム』だから」
「おとめげーむ」
「そう。相原は知ってる? 女子がイケメンとの恋愛を楽しむゲームなんだけど」
「いや。俺はあんまりゲームとかやらないから……」
「まあ、男子で『乙女ゲーム』に詳しい人はあんまりいないと思うから理解できなくても仕方ないけど。とにかく『乙女ゲーム』っていうカテゴリーのゲームがあってね。そのゲームで『告白』といえば『二人きり』『それまでに恋愛イベントが積み重なっている』ことが多いの。あたしも悠里やお兄ちゃんがプレイしてるのを眺めてたことしかないから、そんなに詳しくはないんだけど」
「つまり、どういうことだ……?」
「たくさんの人の目がある音楽室で、それまでに何の恋愛アプローチもないと悠里が思っている相原に突然『好きだ』と叫ばれても、悠里は恋愛的な『好きだ』と認識しないってこと」
「はああああああああああああああああっ!?」
「相原がそう言いたくなる気持ちはわかる。ご愁傷様」
晴菜はそう言って、音楽準備室に行くために足を踏み出す。
颯太を哀れに思った萌花は小走りで晴菜に駆け寄り、口を開いた。
「松本さんっ。高橋ちゃんに好意を伝えるためにはどうしたらいいと思う……っ?」
晴菜は足を止め、萌花を振り返って口を開いた。
「篠崎先輩。あたしに話しかけないでもらえます? あたし、あなたのこと大嫌いなので」
静かな音楽室に晴菜の声が響き渡り、空気が凍りついた。
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