第二百八十七話 高橋悠里は合奏を終えて左右から同時に話しかけられて困惑し、焦った颯太は音楽室で告白する



悠里が音楽室に足を踏み入れた時には椅子と譜面立てがすでに準備されていた。

サックスパートの分は、要が準備してくれたのかもしれないと思った悠里は要を見つめて口を開く。


「要先輩。椅子と譜面立ての準備をしてくれてありがとうございます」


「どういたしまして」


お礼を言う悠里に要が微笑む。


「次は私が早く来て用意するようにしますねっ」


先輩で憧れの人でもある要に雑用をさせるのはなるべく避けたい。

気合を入れて言う悠里を可愛いと思いながら、要は口を開く。


「帰りのホームルームが終わる時間とか、掃除当番とかいろいろあって遅くなることもあるから無理しなくていいよ。楽器の用意が終わった部員が椅子と譜面立ての準備をすればいいから。椅子と譜面立ての準備は一年生の仕事とか、そういうわけじゃないからね」


要の言葉を聞いた、サックスパートのすぐ後ろに座っているホルンパートの二年生が気まずそうな顔をして、ホルンパートの一年生が羨ましそうな視線を要と悠里に向ける。

ホルンパートの一年生は二年生から『一年生が椅子と譜面立ての準備をするように』と言われていた。


雑用等に関する考え方は、各パートや個人によりさまざまだ。

要は美羽とは違って先輩という立場を使って悠里に何かを強要したりしない。

悠里は要のそういうところも好……ではなく憧れている。


萌花と颯太が合流し、吹奏楽部員が集まると部長が前に出て、譜面台に置いた楽譜を見ながら指示を出す。

今日は顧問の先生ではなく部長の指導で合奏が行われるようだ。


合奏の時はいつも、悠里の左隣に美羽がいるのでものすごく気が重いのだが、今日は美羽が部活を休んでいて颯太が左隣にいるので悠里はほっとした。


部長の指導での合奏は恙なく終了し、部活終了の時間になる。

短縮された部活はすぐに終わってしまって、悠里には物足りない。

……でも、仕方がない。今は、コロナ禍だからいろんなことを我慢しなければいけない。


「悠里ちゃん」


「高橋」


左右から同時に声をかけられて悠里は戸惑う。

これが乙女ゲームなら、画面に二択の選択肢が現れ、悠里はセーブして考えていただろう。

だが今はリアルだ。悠里は自分の右隣の要に視線を向けた。

悠里と視線を合わせた要は微笑んで口を開く。


「俺、悠里ちゃんに聞いてほしい曲があるんだ。これから、時間を貰える?」


「要先輩のアルトサックスが聞けるんですかっ!? もちろん……っ。あ。えっと、はるちゃんに断りを入れてからでもいいですか?」


「高橋。俺も話があるんだけど」


「あっ。ごめんね。相原くん。急ぎの用事?」


「急ぎと言えば急ぎだけど」


「そうなんだ。じゃあ、今聞くね。なに?」


悠里は首を傾げて問いかける。

颯太は逡巡して口ごもった。

颯太の話が始まらないと思った悠里は口を開く。


「ごめん。相原くん。要先輩に待ってもらってるし、はるちゃんにちょっとだけ帰るのが遅くなるけど待ってもらいたいって言いに行かなきゃだから、また後でね」


悠里がそう言って座っていた椅子から立ち上がる。

焦った颯太は立ち上がり、口を開いた。


「俺、高橋のことが好きだ……っ!!」


突然、音楽室に響き渡った颯太の告白に、片づけ作業と部員同士の雑談で騒めいていた音楽室が静まり返った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る