第二百八十六話 5月11日/高橋悠里はサックスパートのメンバーと雑談しながら楽器を出す
悠里と晴菜は音楽準備室に入り、それぞれの楽器がしまってある棚に向かう。
サックスケースがしまってある棚の前には要と萌花がいた。
「要先輩。篠崎先輩。おつかれさまです」
「『要』先輩? 高橋ちゃんは、か……じゃなかった藤ヶ谷くんのことを名前で呼んでるの?」
「俺が悠里ちゃんに、俺のことを名前で呼んで欲しいって頼んだんだよ」
萌花の問いに答えたのは要だ。
「『悠里』ちゃん? ねえ。二人は付き合い始めたの?」
萌花は要と悠里を指さしながら言う。
「っ!?」
萌花の言葉を聞いた悠里はフリーズした。
「まだ付き合ってない」
要はそう言いながらサックスケースから取り出したストラップを首に掛けた。
そして制服のポケットからポケットティッシュを取り出した要を見て悠里はフリーズから立ち直り、口を開く。
「あのっ。要先輩。私、先輩のマスクケースを持ってきました……っ」
「本当? ありがとう。悠里ちゃん」
悠里は鞄からマスクケースを取り出して要に手渡す。
要は悠里からマスクケースを受け取り、取り出したポケットティッシュを制服のポケットにしまった。
萌花は悠里の顔を見つめて口を開く。
「あっ。高橋ちゃん。メッセージ貰って、一時間目が終わった休み時間に保健室に行ったよ。昨日預けてもらった『リボンねこ』のマスクケース、保健室で美羽先輩に渡しておいた。連絡をくれてありがとうね」
「佐々木先輩。大丈夫そうでしたか?」
「うん。寝不足で朝ご飯も食べてなかったから、立ち眩みを起こしちゃったみたい。あと……」
萌花は悠里に歩み寄り、耳元に唇を寄せた。
「先輩、昨日の夜に生理になったんだって。いつも結構重くて大変そうだったから、それもあるかも」
小声で悠里にそう言って、萌花は悠里から離れた。
悠里は生理が軽い方なので、重い人がどれほど大変かということは想像することしかできない。
要は悠里から渡されたマスクケースをリードの箱等が入っているスペースに置いてマスクを入れ、蓋をしながら口を開く。
「じゃあ、佐々木先輩は今日も部活に来ない?」
「うん。部活に来る前に保健室に寄って保健室の先生に聞いたら、美羽先輩のお母さんが迎えに来て、家に帰ったって言われた」
萌花はそう言いながらバリトンサックスのサックスケースを棚から出す。
要はアルトサックスをサックスケースから出してネックをつけ、ストラップのフックに掛けた後、マウスピースにリードをセットした。
そしてリードをセットしたマウスピースをネックにつけてサックスケースの蓋を閉める。
要は自分のサックスケースを棚にしまう前に悠里のアルトサックスのケースを取り出してくれた。
「悠里ちゃん。待たせてごめんね」
要はそう言いながら悠里にアルトサックスのサックスケースを渡す。
楽器の棚の前は二人がサックスケースを横たえるといっぱいになってしまうので悠里は先輩たちの楽器出しが終わるのを待っていたのだ。
「要先輩。ありがとうございます」
要から自分のサックスケースを受け取った悠里は彼にお礼を言う。
萌花は黙々とバリトンサックスにネックを装着している。
悠里はアルトサックスのサックスケースを横たえて蓋を開け、要が自分のサックスケースを棚に戻したその時、颯太が音楽準備室に入ってきた。
楽器を出し終えた要は音楽室に移動する。
萌花は颯太に視線を向けて口を開く。
「相原くん。朝、美羽先輩を運んでくれてありがとう」
「えっ? なんでそのことを篠崎先輩が知ってるんですか? 高橋が話したのか?」
萌花の言葉に戸惑いながら、颯太が悠里に問いかける。
悠里は首にかけたストラップのフックにアルトサックスを引っかけながら口を開いた。
「朝のホームルーム前に、私が篠崎先輩にメッセージを送ったの」
「そうなんだ」
萌花は楽器を出し終え、棚に空のサックスケースををしまう。そして颯太に場所を譲りながら口を開いた。
「保健室に様子を見に行った時、美羽先輩に『相原くんにお礼を言っておいて』って言われたよ」
「佐々木先輩、すげえ重かったんでお礼言われるのは嬉しいですけど、俺は高橋に頼まれたから運んだだけなので」
「あー。そうだよね。美羽先輩が真っ先にお礼を言うべきなのは高橋ちゃんだよね……。美羽先輩も心の中では高橋ちゃんに感謝してると思う。いろいろあって素直になれないだけで……」
「私はあの時、なにもできなかったから、お礼は相原くんだけに言えばいいと思います」
悠里はマスクケースをリードの箱等が入っているスペースに置いてマスクを入れ、蓋をしながらそう言った。
楽器の準備を終えた悠里はアルトサックスのサックスケースを棚にしまって音楽室に向かう。
颯太は棚から自分のテナーサックスのサックスケースを取り出した。
「ねえ。相原くん。か……じゃなくて藤ヶ谷くんと高橋ちゃんが名前で呼び合ってるの、知ってた?」
「えっ!? マジっすか!? っていうか、なんで篠崎先輩は藤ヶ谷先輩のこと名字呼びしてるんですか? 昨日は名前で呼んでましたよね?」
「『親しくない女子に名前を呼ばれるのは違和感がある』って。藤ヶ谷くんが。ちなみに美羽先輩も名前呼びNGだって」
「それでなんで高橋だけ名前呼びさせてるんですかっ」
「つまりそういうことじゃない? あー。嫌だ。美羽先輩が部活に来たら、めっちゃ殺伐としちゃうじゃん……」
「マジか……」
颯太は要が悠里に親切にしているのは『アルトサックスパートの後輩の女子生徒』だからだと思っていた。
「相原くんと高橋ちゃんが付き合ってくれたらいいのになあ。……なんて、冗談。ごめん。本気にしないでね」
萌花は軽く笑って手を振り、音楽室に向かう。
颯太はテナーサックスケースを床に横たえて蓋を開けながら、ある決意を固めていた。
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