第二百八十四話 高橋悠里と晴菜は美羽を抱きかかえて歩く颯太の後に続き、美羽を保健室に送り届けて教室に向かう



「はるちゃん。私、篠崎先輩に連絡を取ってみる……っ」


悠里を嫌っている美羽は、悠里に助けられるのは嫌かもしれない。

でも、このまま見過ごして立ち去ることはできない。

だって、昨日、要が言ってくれたのだ。

『高橋さんは優しいね』と言ってくれた。

勇気を出して、憂鬱な気持ちを押し殺して美羽の分のマスクケースを用意した悠里の気持ちを要はわかってくれたのだと思う。


「悠里って本当、困ってる人とか見捨てられないよね……」


ため息交じりに晴菜が言ったその時。


「高橋? なにやってんの?」


階段を上がって、声を掛けてきたのはサックスパートの一年生でテナーサックスを吹いている相原颯太だ。


「相原くん……っ」


悠里は颯太をすがるように見つめる。

美羽は颯太を嫌っていない。彼の助けなら、きっと受け入れてくれるだろう。


「あのねっ。佐々木先輩が具合が悪いみたいで……っ」


「そうなんだ」


颯太はそう言ってうずくまる美羽に視線を向け、声をかけた。


「佐々木先輩。立てそうですか? 立てなさそうなら、俺、保健室まで運びますけど」


「……ごめん。立てない……」


蚊の鳴くような声で美羽が言う。


「じゃあ、運びます。高橋、俺の鞄持ってて」


「うんっ」


悠里は颯太から彼の通学鞄を受け取る。

颯太はしゃがみ込み、うずくまる美羽を抱きかかえた。


「重っ!!」


颯太の声に階段を上がってきた生徒たちの視線が集まる。

晴菜は『リボンねこ』のキーホルダーがついている美羽の通学鞄を持ちながら、ため息を吐いた。


「あたしでも、今のはさすがに佐々木先輩が可哀想って思う……」


晴菜の言葉を聞いた悠里は肯定も否定もできない。

美羽は公衆の面前で颯太に『重い』と言われても言い返す気力も無いようだ。

美羽を抱きかかえた颯太がゆっくりと階段を下り始める。

自分と颯太の通学鞄を持った悠里と自分と美羽の通学鞄を持った晴菜が颯太の後に続く。


一階の保健室に到着した。

美羽を抱きかかえている颯太のために、悠里が保健室の扉を開ける。


「失礼します。具合悪い人がいるんで、運んできました」


保健室にいた養護教諭は颯太に抱きかかえられた美羽を見て、ベッドへと誘導する。

颯太はベッドに美羽を横たえ、晴菜は持っていた美羽の通学鞄をベッド脇の荷物を入れるカゴに入れた。


「あなたたち、お疲れさま。ありがとう。あとは私に任せて、教室に行って」


養護教諭がやわらかな優しい声で言う。

悠里と晴菜、颯太は養護教諭に会釈をして保健室を出た。


「あー。重かった……っ。人間って重いんだな。マジで……」


保健室を出た直後に颯太が愚痴を零す。

悠里は颯太を尊敬の目で見つめて口を開いた。


「相原くん。すごいね。相原くんがいなかったら私たち、どうしたらいいのかわからなかったよっ」


「高橋は俺のこと尊敬した?」


「うんっ。尊敬したっ」


「じゃあ、なんか奢って。自販機のジュースでいいよ」


「わかったっ」


「悠里。『わかった』じゃないから。相原もナチュラルに悠里から搾取しないで」


『奢って』という颯太に素直に肯く悠里に晴菜が呆れたように言う。


「あと、いつまで悠里に鞄持たせたままなのよ。相原はちゃんと自分で自分の鞄を持ちなよ」


「腕ダルい」


両手を振りながら言う颯太を見て悠里は口を開いた。


「はるちゃん。私、相原くんの鞄、相原くんの教室まで持つよ。大丈夫」


「じゃあジュースの奢りは無しでいいよ。高橋。鞄持ちよろしくなっ」


「うん」


颯太の言葉に悠里が肯く。

晴菜は『相原にジュース奢るべきなのはどう考えても悠里じゃなくて佐々木先輩だし、悠里が相原の鞄を運ぶ必要なんて無いのに……』と思いながら首を横に振り、ため息を吐いた。



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