第二百五十五話 マリー・エドワーズは『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を母親に渡す
マリーと真珠はノーマが『銀のうさぎ亭』に入った後に、自分たちも中に入る。
カウンターには祖母がいた。
「お祖母ちゃん。ただいまっ。お客さんで友達のノーマさんを連れてきたよっ」
「わんわんっ」
「まあまあ、マリー。なんて綺麗な洋服でしょう。まるでどこかの貴族のお嬢様みたいよ」
祖母はカウンターから出て、マリーに歩み寄る。
「でもあなたはまだ5歳の子どもなんだから、一人で」
「わんわんっ」
祖母の『一人で』という言葉を聞き咎めた真珠が吠える。
祖母は真珠に視線を向け、それからマリーを見つめて口を開いた。
「真珠と一緒でも、長く家を空けるなんてダメよ」
「はあい。ねえ。お祖母ちゃん。お客さんでお友達のノーマさん。今日、うちに泊まる予定だって聞いて領主館から一緒に帰ってきたの」
マリーは祖母の注意を軽く受け流した後、ノーマを紹介した。
ノーマは祖母に微笑み、口を開く。
「ノーマ・グリックです。はじめまして。ここにはいつもお父さんが泊まっていて、今日は私も泊まる予定なんですけど……」
「ノーマちゃん。グリック村の村長さんの娘さんね。話は聞いてます。綺麗なドレスがよく似合ってるわ」
「ありがとうございます」
祖母に褒められたノーマは、はにかみながら頭を下げた。
「今、部屋に案内しますね」
祖母はそう言ってから、カウンター奥に視線を向けた。
「ハンナ。私はお客様を部屋に案内してくるから、カウンターをよろしくね」
「わかったわ。お義母さん」
カウンター奥から母親の声がする。
マリーは久しぶりに母親の声を聞いて、なんだかほっとした。
「マリーちゃん。またね」
「うんっ。ノーマさん、ゆっくり休んでね」
「わんわんっ」
真珠もノーマを見送って尻尾を振る。
ノーマは身を屈めて真珠の頭を撫で、微笑んだ。
「シンジュくんもまたね」
ノーマは祖母に先導されて、宿泊客用の階段に向かった。
そして、カウンター奥から母親が姿を現し、ワンピースドレスを着て白いパンプスを履いているマリーを見て目を丸くする。
「マリー!! なんて可愛いの!! まるでお城から抜け出してきたお姫様みたいよ……!!」
母親の誉め言葉の方が、祖母の誉め言葉よりグレードが高い。
これが親の欲目というものかとマリーは思った。
でも褒められるのは嬉しいし、可愛いと言われることも嬉しい。
「でも、領主館に行ったきり全然帰ってこなくて心配したわ。領主館からマリーを預かっていると連絡が来たけれど、それでも顔を見ないと心配になるのよ」
カウンターから出た母親は身を屈めてマリーの顔を覗き込み、言う。
「ごめんなさい。お母さん」
「真珠もまだ子犬なんだから、家を長く離れてはだめよ」
「くぅん……」
マリーの母親に叱られて、真珠は反省した。
「お母さん。あのね、お祖父ちゃんはいる?」
「お祖父ちゃんは今、たぶん眠っていると思うわ。夜通しずっと働いていたから」
「そうなんだ……」
マリーはウォーレン商会から取り戻した『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を直接祖父に渡したかったけれど、寝ている祖父を叩き起こして手渡すのは申し訳ない。
だから『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書は母親に渡すことにしよう。
「ステータス」
マリーはステータス画面を出現させて、アイテムボックスから『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を取り出して母親に差し出した。
「マリー。これは……?」
母親はマリーに問いかける。
「『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書だよ。いろんな人たちが協力してくれて、取り返すことができたんだよ。ちゃんと本物だからね。『鑑定』もしてもらったの」
「『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書!? マリー。本当なの……っ!?」
マリーから『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を受け取りながら問いかける母親に、マリーは笑顔で口を開いた。
「本当だよ。お父さんかお祖父ちゃんならちゃんと本物だってわかってくれると思う。私と真珠はすごく疲れちゃって眠いから、もう寝るねっ。真珠、行こうっ」
「わんわんっ。わうーっ」
マリーと真珠は母親から逃げるように家族用の階段に向かう。
母親はマリーと真珠の後を追おうとしたが、ちょうど宿屋に宿泊したいという男が入ってきて、その対応をすることになる。
マリーと真珠は段差の大きい階段を上がり、ベッドがある部屋に無事に逃げ込むことができた。
***
若葉月26日 朝(2時59分)=5月10日 0:59
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