第二百五十一話 マリー・エドワーズはレーン卿のスペックの高さを改めて知り、ノーマがひらがなしか読めないことを知る
マリーとノーマはナナに案内されて食堂の入り口にたどり着いた。
食堂には誰もいない。
レーン卿はまだ到着していないようだ。
ナナに先導されて、マリーとノーマは食堂に足を踏み入れた。
最初にこの食堂に来た時は、真珠と一緒だったなあとマリーは思い返す。
ノーマは食堂の格調高い内装に圧倒されているようだ。
四角く長いテーブルには磨き上げられて装飾が美しい背もたれのある椅子が並ぶ。
テーブルクロスは輝くような白さだ。
天井にはシャンデリアがある。今はレースのカーテンに縁どられた大きな窓から光が差し込んでいるから明かりはついていない。
夕方からパーティーが始まり、真夜中を過ぎて今は朝の光が差す時間帯になったのだと考えて、悠里はリアルは今何時だろうかと気になった。
明日は月曜日。学校がある。
ゲームを終えたらスマホのアラームをセットして、絶対に寝坊しないように気をつけようと思う。
『アルカディアオンライン』を夢中になって遊んだせいで寝坊して、学校に遅刻してしまったらゲームを没収されてしまうかもしれない。
レーン卿に借りた本を返して、真珠と合流してユリエルの顔を見たら、真珠とノーマと一緒に『銀のうさぎ亭』に帰ろう。
マリーとノーマはナナに椅子を引いてもらい、席に着く。
お土産のお菓子の詰め合わせはテーブルに置いた。
「今、お茶をお持ちしますね」
「あ……っ」
ナナの言葉を聞いたノーマが声をあげると、食堂を出ようと踵を返したナナは足を止めて振り返る。
「なにか?」
「あの、私……今、お腹がいっぱいで……その、飲み物とかいらないです。すみません……っ」
ナナに視線を向けられたノーマは言った。
ノーマは村で農作業やコッコ、モーモーの世話等の手伝いをしていて、両親に『出された物は残さず食べるように』と教育されている。
飲みきれないとわかっているのに、飲み物を出されるのはすごく困る。
「ナナさん。私も何もいらないです」
マリーはプレイヤーなのでたくさん食べたり飲んだりしてもお腹がいっぱいにはならないのだが、NPCであるノーマに合わせてそう言った。
「わかりました。では、私はいったん失礼します」
ナナはマリーとノーマに一礼して食堂を出て行った。
マリーと二人きりになったノーマは、ほっとして息を吐く。
マリーはノーマが疲れた様子であることが気になって、申し訳なく思いながら口を開いた。
「ごめんね。ノーマさん。疲れてるよね。レーン卿に会って、私のテイムモンスターの真珠と合流したら、すぐに『銀のうさぎ亭』に帰ろうね」
「マリーちゃん。ユリエル様には会わなくていいの?」
ノーマはマリーの口から何度か聞いた『ユリエル様』という名前を覚えていた。
ノーマに問いかけられたマリーは言葉に詰まり、顔を真っ赤にする。
「ふうん。そっか。マリーちゃんはそうなんだねえ……」
ノーマがマリーの反応を微笑ましく思いながらそう言った時、食堂にレーン卿が現れた。
護衛騎士は食堂の入り口に留まる。
ナナがレーン卿に付き従って食堂に入ってきた。
レーン卿は緋色のローブ姿ではなく襟元に美しい刺繍がほどこされた白いブラウスに長い足が映える紺色のトラウザーズを履いている。
レーン卿に見とれているノーマを見て、マリーは『ユリエル様』のことを追及されずに済んだとほっとした。
「マリーさん。ノーマさん。お待たせしました」
レーン卿はマリーとノーマに微笑して言った。
「えっ!? フレデリック様、なんで私の名前を……?」
ノーマが驚いて問いかける。レーン卿はノーマに微笑み、口を開いた。
「先ほどお会いして、お名前を伺いましたよね。レモンイエローのドレスがよく似合っていたので覚えています」
レーン卿の言葉を聞いて、ノーマの顔が真っ赤になる。
マリーは美形キャラでお金持ちの上に、人の顔と名前をすぐに覚えられて、しかも女子を褒めるスキルがあるレーン卿はやっぱり『乙女ゲームの攻略対象』に相応しいNPCだと思った。
レーン卿に会うために列に並んだ招待客全員の顔と名前を覚えているのかもしれない。すごい。
その記憶力があれば中間テストは楽勝かもしれないと悠里は思う。
この情報は情報屋に売れるだろうか?
借金を返し終えたマリーだが、使えるお金は1リズでも多い方がいい。
今後も積極的に情報屋に情報を売って、卵やミルクをたくさん買いたい。
マリーの次の目標は『銀のうさぎ亭』のメシマズ事情を改善することだ。
そうすればマリーと真珠はおいしいものが食べられるし、マリーの家族もおいしいものが食べられる。そして、食堂に来てくれるお客さんにもおいしいものを食べてもらえる。
お客さんに喜んでもらえたら『銀のうさぎ亭』の売り上げが上がる……!!
素晴らしいアイディアだ。みんなが嬉しい。誰も損をしないとマリーは思う。
ナナがレーン卿のために椅子を引き、彼は優雅に椅子に座った。
そしてナナはレーン卿のお茶を用意するために食堂を出て行く。
マリーは今度こそ本を返そうと、アイテムボックスから本を取り出した。
ノーマはレーン卿をずっと見つめ続けていて、隣に座るマリーの左腕の側に本が浮いていることに気づかない。
マリーはアイテムボックスから出した本を手にして、レーン卿に視線を向けた。
「レーン卿。今度こそ、借りていた本を返しますね。ありがとうございました」
マリーがテーブルに本を置いて言う。
ノーマは両手でお菓子の詰め合わせを持っていたマリーが突然テーブルの上に本を出したことに驚き、そしてマリーが本を読めるという事実にも驚いた。
「マリーちゃんは本が読めるんだね」
ノーマに言われてマリーは肯く。
「マリーちゃんは小さいのにすごいね。私はひらがなを読むことしかできないの。弟たちもそうなんだ。お父さんは漢字もカタカナも読めるんだけどね。お母さんは、農家の娘はひらがなが読めればそれでいいって言うんだけど……」
「ノーマさんは本が読みたいのですか?」
レーン卿の問いかけにノーマは首を横に振り、口を開いた。
「そこまで高望みはしないですけど、街のお店の看板とか読めるようになりたいです。私の村の看板は全部絵で描かれていて文字とか全然無いんですけど、港町アヴィラにはいろんな看板があって、読めたらいいなあって思って……」
悠里は『本を読むことが高望み』だと言ったノーマに衝撃を受けた。
『アルカディアオンライン』はゲームで、ノーマは架空のキャラのNPCだけれど、でも。
紙が高価というのはマリーの祖母の言葉で察していたし、本も高価なのだろうなあと思っていた。
でも、15歳くらいに見えるノーマが『ひらがなしか読めない』設定だなんて……。
マリーが受け取ったパーティーの招待状には漢字がまじっていた。
ノーマはどんな気持ちで招待状を読んだのだろう。もしかしたら、招待状の内容を誰かに教えてもらったのかもしれない。
「ノーマさんはグリック村にお住まいだと言っていましたよね。グリック村にも教会があると思うのですが。教会で文字や計算を教えているのではないのですか?」
レーン卿はノーマの顔と名前だけでなく、彼女が話した内容もしっかりと覚えているようだ。
乙女ゲームの攻略対象になり得る高スペックなキャラだということがまた一つ証明された。
「はい。神官様はいろんなことを無償で教えてくれます。でも、家の手伝いがあるから、冬の農閑期しか教会に通えないんです」
「そうだったのですね」
寂しそうに言うノーマに相槌を打ち、レーン卿は思案顔で黙り込む。
マリーはノーマが勉強できる方法がなにかあればいいのにと思いながらレーン卿の言葉を待った。
***
若葉月26日 朝(2時27分)=5月10日 0:27
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