第二百五十二話 マリー・エドワーズは西の森にモンスター討伐に行っていた真珠とユリエルに再会する



「教会で夕方か夜に文字や計算等の授業が行われたら、ノーマさんは勉強することが可能でしょうか?」


レーン卿が問いかけると、ノーマは少し考えて肯いた。


「夕方なら晩ご飯の時間までは勉強できると思います。毎日は無理かもしれないですけど」


「わかりました。では伯父上に相談してみます。教会には大きな貸しがあるのでグリック村の教会への神官の増員等は問題なく行えると思います」


レーン卿が麗しい微笑を浮かべて言う。……微笑みが黒い……。

レーン卿は大教会の教皇からの命令で、彼の伯父である領主がウォーレン商会の会頭アーウィン・ウォーレンを処罰できなかったことを怒っているのだとマリーは感じた。


「えっ? おじ? 相談……?」


「ノーマさん。レーン卿の伯父様は港町アヴィラの領主様です」


領主の名前が長すぎて覚えられなかったマリーは、簡潔に紹介した。

一度会って話した人の顔と名前、会話の内容を覚えていられるレーン卿の記憶力が羨ましい。


「港町アヴィラの領主様……っ!!」


ノーマの父親もグリック村の村長なのだから領主と似たような立場だと思うのだが、港町アヴィラの領主とグリック村の村長では財力と権力の規模がものすごく違うのだろうか。

マリーは驚くノーマを見ながらそう思った。

お茶の用意をしたナナが食堂に戻り、レーン卿に給仕を始める。


「マリーさんとノーマさんに先にお茶を。僕は後でかまいません」


そう命じるレーン卿に、ナナは困って戸惑った。


「レーン卿。私とノーマさんはパーティーでおいしいお菓子をいっぱい食べたのでお腹がいっぱいなんです。だからお茶はいらないってナナさんに言いました」


マリーの言葉にノーマも肯く。

レーン卿はマリーの言葉を聞き、ノーマが肯いていることを確認して微笑む。


「そうだったのですね」


レーン卿はナナに視線を向けて口を開く。


「では、僕の分の給仕をお願いします」


「はい。かしこまりました」


ナナはほっとして微笑み、レーン卿に給仕を始めた。


「ナナ。給仕が終わったらマリーさんの前に置いてある本を、僕が子どもの頃に使っていた部屋の本棚にしまっておいてください」


「かしこまりました」


マリーがやっとレーン卿に本を返せると思ってほっとしたその時、侍女長が食堂に入ってきた。


「フレデリック様。ユリエル様が西の森からお戻りになりました。マリーさんに会いたいとのことなので、こちらにお呼びしても宜しいでしょうか?」


「ええ。僕は構いませんよ」


マリーは真珠がどうしているのか気になって侍女長をじっと見つめる。

侍女長はマリーの視線を受けて微笑した。


「マリーさん。真珠も元気に戻ってきましたよ」


「そうですか。よかった……っ」


マリーは真珠が無事に元気に帰ってきてくれたと聞いて安堵する。

マリーが真珠と出会ってから、真珠とこんなに長く離れていたのは初めてだ。

真珠にはいつも、マリーと一緒にいてほしい。マリーは真珠と一緒にいたいと改めて思う。


やがて食堂に真珠を抱いたユリエルが現れた。

ユリエルの護衛騎士のうちの一人はレーン卿の護衛騎士と合流し、一人は領主への報告に向かう。


「真珠!! ユリエル様……っ!!」


マリーは椅子から立ち上がり、真珠を抱いたユリエルに向かって走る。


「わうーっ!!」


真珠はユリエルの腕から飛び出してマリーの元へと走った。


侍女長は淑女らしからぬマリーの行動を見て眉をひそめてため息を吐き、レーン卿への給仕を終えたナナにユリエルの分のお茶を用意するように命じる。


ナナは侍女長に一礼して食堂を出て行き、侍女長はユリエルが席に着く時に椅子を引ける位置に立った。


レーン卿はマリーと真珠を微笑ましく見守り、ノーマはこの美しい少年がマリーの『ユリエル様』で白くて可愛い子犬がマリーのテイムモンスターなのかと思いながら見つめる。


「真珠!!」


「わうーっ!!」


マリーは胸に飛び込んできた真珠を抱きとめてふらつく。

真珠の後を追ってマリーに歩み寄っていたユリエルが、転びそうになるマリーの背中を支えた。


「マリーちゃん。大丈夫?」


ユリエルの美しい青色の目に見つめられ、マリーは真珠を抱きしめて何度も肯く。


「わうー。きゅうん……」


真珠はマリーに飛びついて転ばせてしまいそうになったことを後悔してしゅんとした。


「真珠。私は大丈夫だよ。あのっ。ユリエル様。もう支えてもらわなくても大丈夫です……っ」


マリーは顔を真っ赤にして言う。

ユリエルはものすごく美しい少年である上に、ユリエルの中の人は悠里の憧れの先輩だから、至近距離プラス接触ということになるとマリーの心臓がもたない……っ。


「わかった。マリーちゃんが転ばなくてよかった。席につこうか」


「はいっ」


ユリエルはマリーとノーマの向かい側でレーン卿の隣の席に着き、マリーは真珠を抱っこして自分の席に座った。


***


若葉月26日 朝(2時36分)=5月10日 0:36

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