第二百四十六話 マリー・エドワーズはノーマ・グリックにグリック村について聞く



マリーはお菓子を盛った皿を両手で持ち、イヴは、お菓子と料理を盛った皿をそれぞれに持ってクレムがいるテーブルに向かった。

大広間に流れる曲は『華麗なる円舞曲』に変わっているが、誰もワルツを踊っていない。

招待客のほとんどが女性で、男性がほぼいない形式のパーティーだから、踊る者がいないのだ。

招待客たちはそれぞれ、談笑したり、食べたり飲んだりしている。給仕たちは忙しく立ち回っていた。


「ねえ。なんか人だかりができてない……?」


イヴに問いかけられてマリーは小首をかしげた。


「なんだろうね?」


「人が集まってるテーブルって、クレムと一緒にお菓子を食べていたテーブルだよね?」


イヴはそう言いながら、早足でテーブルに歩み寄る。

マリーは皿に乗せたお菓子をこぼさないように慎重に歩いた。


お菓子と料理を盛った皿をそれぞれに持ったイヴは人の隙間をうまく縫って、すいすいと歩いていく。

今は『疾風のブーツ』ではなく白いパンプスを履いているのでAGI値が低いマリーはイヴの後を追うことができずにお菓子の皿を両手で持って立ち尽くす。

どうしよう……。

イヴがマリーがいないことに気づいてくれるまで、ここで待つ……?

声を掛けて、道を開けてもらう?

それとも列に戻ってアーシャに合流して、イヴとクレムにメッセージを送った方がいいだろうか。


「素敵な青いワンピースドレスを着たお嬢さん。すごく困ってるように見えるんですけど、私に何かお手伝いできることってある?」


自分に声を掛けてくれたようだと思ったマリーは声の主を見上げる。

マリーに声を掛けてくれたのは、レモンイエローのドレスを着ている少女だった。マリーが代理で列に並び、名前を尋ねられた時に名乗ることを拒否して別れた少女だ。

少女はマリーに微笑んで口を開いた。


「あなたが声を掛けてくれたから、私、フレデリック様とお話することができたのよ。握手もしてもらっちゃった」


嬉しそうに少女は笑う。その笑顔を見て、マリーは微笑み口を開いた。


「よかったですね。お姉さん」


マリーはあの時、彼女に声を掛けてよかったと心から思う。

イヴの意見に流されて彼女に声を掛けなかったら、この晴れやかな笑顔はなかったかもしれない。


「さっきは一方的にあなたの名前を聞いてごめんなさい。私から自己紹介するわね。あなたの名前、言いたくなかったらいいの。でも私はあなたに親切にしてもらえて嬉しかったから、私の名前を伝えて、今、あなたが困っているなら何か手伝いたい」


「もしかして、私のことを探してくれたの?」


マリーの問いかけに少女は肯いて口を開いた。


「私の名前はノーマ・グリック。グリック村の村長の娘よ。港町アヴィラの領主館にコッコの卵や肉、ミルクや野菜を納めている関係でこのパーティーの招待状を頂いたの」


「コッコの卵!? ノーマさんっ。私、コッコの卵がほしいですっ。お金を払うので、売ってもらえませんか!?」


マリーの興奮した声に、人だかりの外側にいた数人が視線を向けたが、卵の情報に舞い上がったマリーは視線に気づかない。


「数にもよるけど、うちの分の卵なら分けてあげられると思うわ。一度、グリック村に遊びに来られる?」


「グリック村ってどこにあるの?」


「港町アヴィラの東門を出ると『グリック平原』でしょ? グリック村は『グリック平原』の真ん中あたりにあるのよ」


「私、グリック平原に行ったことがないんです……」


「そうなのね。だったら、私が村まで連れて行ってあげる。今夜は『銀のうさぎ亭』という宿屋に泊まる予定なの。だから……」


「それ、うちですっ!! 私のおうち!!」


マリーは驚いて思わず大きな声を出してしまった。

人だかりの一番外側にいた招待客の数人が、騒がしいマリーに呆れたような顔をした。

さっきは視線に気づかなかったマリーも、自分が騒いでしまったことを理解する。


「うるさくしてごめんなさい」


マリーが謝って頭を下げると、招待客たちは苦笑したり興味がなさそうな顔になって、人だかりの中心に視線を戻す。

マリーはノーマに向き直り、大きな声を出さないように気をつけながら自己紹介を始めた。


「ノーマさん。私の名前はマリー・エドワーズです。5歳です。おうちは『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂です。よろしくお願いします。あと、今は一緒にいないけど『真珠』という名前のテイムモンスターがいます。真珠は白い毛並みと青い目が綺麗な男の子です」


「そうなの。マリーちゃん。よろしくね」


マリーとノーマが微笑みあっていると、イヴが現れた。両手には何も持っていない。料理の皿とお菓子の皿はテーブルに置いてきたのだろう。


「マリー。ここにいたんだ。着いて来てないから探しに来たよ」


「探しに来てくれてありがとう。お菓子をこぼしそうで、人込みを縫って歩けなかったの」


「そっか。マリーは小さいもんね。お菓子のお皿、あたしが持つから貸して」


マリーはイヴの言葉に甘えることにして、持っていたお菓子の皿を差し出す。

イヴはマリーが持っていたお菓子の皿を受け取った。

ノーマは突然現れたイヴが、マリーと二人だけで会話をしていることに疎外感を感じて俯く。


「ノーマさんも一緒に行こう。ねっ?」


マリーの明るい声に、ノーマは顔を上げる。

初めて会った時も、マリーはノーマに声を掛けてくれた。

給仕にさえ見過ごされたノーマを、マリーだけが見つけてくれた。

ノーマがマリーの青い目を見返すと、マリーは小さな手を差し伸べる。


「困ってます。私が迷子にならないように、手をつないでください」


その言葉は、ノーマがマリーに声を掛けた時の言葉への返事だった。

ノーマは微笑んで肯き、マリーの小さな手を取った。


***


若葉月25日 真夜中(6時59分)=5月9日 22:59


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