第二百四十五話 マリー・エドワーズはワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』が達成されたというアナウンスを聞く



「冗談はさておき、僕はレーン家の跡取り息子です。そして港町アヴィラで共に生きてくれる女性を探している。その女性は……」


レーン卿は隊列を組んで自分とディアナ、マリーを取り囲む招待客たちを見回した。

レーン卿に会い、話すために列に並んでいた女性たちはマリーの実況を楽しみに待っていたが、マリーの実況が途絶えたので列に並んだ状態のまま、少しずつレーン卿と彼の婚約者の会話が聞こえる距離まで近づいてきていたのだ。

マリーは今、そのことに気づいて乙女ゲーム好きのプレイヤーたちの情熱を改めて知る。

きっと悠里が列に並んでいたとしても、彼女たちと同じようにレーン卿と婚約者の会話を聞きたくて皆で距離を詰めるという行動を取ったと思う。

一人で近づくなんて怖くてできないけれど、乙女ゲーム好きのプレイヤーと一緒なら大胆な行動ができる気がする。

『アルカディアオンライン』はプレイヤーが楽しむためのゲームだから、やりたいことをやっていい。プレイヤー善行値が下がらない範囲なら。

レーン卿は自分を囲む女性たちに微笑み、言葉を続ける。


「この中にいるかもしれない」


レーン卿の言葉を聞いた女性たちはプレイヤーもNPCも等しく黄色い声をあげた。

まるでアイドルのコンサート会場のようだと思う。悠里はアイドルのコンサート会場に行ってみたことはなく、動画等でコンサートのPVをちらっと見た程度なのだけれど。

ディアナはため息をついて、口を開いた。

ディアナが何か話そうとしていることに気づいた招待客たちは、会話イベントを邪魔しないように一斉に黙る。


「フレデリックの気持ちはわかった。……婚約解消の方向で話を進めましょう。私から父に話すわ」


「ありがとう。ディアナ。……騎士になるという、幼い頃からの君の夢が叶ってよかった」


いつの間にか大広間に現れた管弦楽団がクラシック音楽『愛の夢』を奏で始めた。

レーン卿と微笑みを交わしたディアナは、彼に背を向ける。

そして彼女はレーン卿を振り返ることなく大広間を出て行った。

美しい乙女ゲームイベント……!!

幼女の乱入、招待客による過剰な見守りの中、よくぞこの結末にたどり着いた……!!

マリーが感動しながらディアナが立ち去った大広間の扉を見つめていると、イヴが歩み寄りマリーの肩を軽く叩いた。


「お疲れ。マリー。実況中継、ぐちゃぐちゃで面白かったよ」


ぐちゃぐちゃ……。

面白い……。

それは誉め言葉ということでいいのだろうか……?

マリーはイヴの言葉をどうとらえていいのか迷って沈黙した。

レーン卿が王様椅子に向かって歩いていき、招待客たちは王様椅子の前に整然と並び直している。


「でもさ、あたしイマイチわかんないんだよね。あの人たち、一緒に暮らせないことを問題視してたっぽいじゃん?」


「そうだね」


「だったら別居婚すればいいよね?」


イヴの指摘にマリーが目を丸くしたその時、サポートAIの声が響いた。


「クエスト達成条件を満たしましたが、ワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』はパーティー終了時間まで継続致します。


パーティー終了と同時にワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』は終了致します。


『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』が終了後、ワールドクエストを受諾したプレイヤー各位にワールドクエストポイント(WP)が付与されます。


詳しくはステータス画面の『クエスト確認』をご確認いただくか、転送の間でサポートAIにお尋ねください」


サポートAIの声クエスト達成のアナウンスを聞いたプレイヤーたちは歓声をあげた。

NPCは突然のプレイヤーの盛り上がりに驚き、戸惑っている。


「クエスト達成っ。やったね。マリー。お祝いに景気よくお菓子を食べようよ」


イヴの明るい声にマリーは微笑んで肯く。

マリーの心に生まれた『レーン卿と婚約者に別居婚をすすめていれば婚約は継続したのかも……?』という考えはスルーすることにした。

ワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』は達成されて、プレイヤーは皆喜んでいて、マリーも嬉しい。

だから、これでよかった。

マリーはそう思いながらイヴと連れ立ってお菓子が並ぶテーブルに向かった。


大広間にはまだ『愛の夢』の演奏が流れている……。


***


若葉月25日 真夜中(6時51分)=5月9日 22:51



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