第二百四十四話 マリー・エドワーズはレーン卿に話しかけられ、彼の婚約者の怒りを買う



マリーは気配を消しながら、レーン卿とディアナの会話を聞き取り、メッセージに記載し続ける。

同時通訳をしている人のような気分だ。悠里は同時通訳を聞いたことがあるだけで、自分でやってみたことはないけれど……。


「君は王妃殿下の近衛騎士として王都で暮らし、僕は港町アヴィラの鑑定師ギルドの副ギルドマスターとして、領主である伯父上を支えながら生きていく。そのためには今、僕たちの関係を終わりにした方がいい」


「王都にも鑑定師ギルドはあるわ」


「僕の『根』は港町アヴィラにある」


長い!! 会話が長い!!

マリーは必死に覚えて記載する。





れ「君は王妃殿下の近衛騎士として王都で暮らし、僕は港町あびらのかんていしぎるどの副ぎるどますたーとして、領主であるおじうえをささえながらいきていく。そのためには今、僕たちの関係を終わりにした方がいい」


で「王都にもかんていしぎるどはあるわ」





なんだかところどころ間違っているような気がするけれど、とりあえず送信……っ!!

次……次は……っ。


「マリーさん。さっきから何をしているのですか?」


「私のことはお気になさらずっ。えっと、さっきレーン卿、なんて言いました?」


「さっきですか? 『僕の『根』は港町アヴィラにある』ですかね」


「ぼくのねはみなとまち……」


マリーは必死にメッセージを記載して……記載している途中で今、自分がレーン卿に話しかけられていることに気がついた。

ぎぎぎ、と首を動かしてマリーは見たくない現実を直視する。


「レーン卿。なんで私に話しかけてるの……?」


「マリーさんの奇妙な動きが視界に入って気になったので」


「今は!! 美人の!! 婚約者さんと!! 大事なお話をしている最中でしょおおおおおおおっ!!」


「フレデリック。こちらの愛らしい淑女はどなた?」


美女に『愛らしい淑女』って言ってもらえた……!!

マリーは嬉しくてディアナに笑顔を向けた。マリーを見るディアナの灰褐色の目は凍えるように冷たい。

怒っていらっしゃる……っ!!

そうだよね。怒りますよね。

乙女ゲームイベントの途中で幼女が乱入とか、激怒案件だ。婚約継続か解消かという大事な局面なのに見知らぬ幼女に邪魔をされるとか有り得ない。

悠里が乙女ゲームを女主人公と自分を重ね合わせてときめきながらプレイしていたら『なにこのクソゲー!!』とゲーム画面を見ながら叫んでいたことだろう。

マリーがディアナへの恐怖と乙女ゲームイベントを台無しにしてしまった罪悪感で固まっていると、レーン卿が口を開いた。


「こちらの可愛らしい少女はマリー・エドワーズさん。5歳だそうです。『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂の娘さんです」


レーン卿!! 今は『可愛らしい少女』とかそういうのいらないですからーっ!!

マリーはディアナから発せられる圧が強まったように感じて身を縮めながら、それでも頭を下げる。


「マリー・エドワーズです。お話の邪魔をしてごめんなさい……」


よしっ。謝った!!

この流れでフェードアウトを……っ。

マリーが頭を下げながら、そーっとその場を離れようとしたその時。


「マリーさんは僕のことを『すごく綺麗な人で素敵だな』と思ってくださっているそうです」


レーン卿の爆弾発言に、マリーは驚いて頭を上げ、目を真ん丸にしてレーン卿を凝視した。


***


若葉月25日 真夜中(6時36分)=5月9日 22:36



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