第二百四十三話 マリー・エドワーズはレーン卿と彼の婚約者の乙女ゲームイベントの実況を始める



聞き覚えのある声だ。でも彼は今、王様が座るような椅子に腰かけて華やかに着飾った女性たちと談笑しているはずだ。

そう。これは幻聴。名前を呼ばれたのは気のせい……。

マリーは自分にそう言い聞かせて立ち去ろうとした。だが、イヴがマリーの腕をつかんで引き止める。


「マリー。あの人、マリーを呼んでるよ」


「イイエ。私、ナンニモ聞コエナイ……」


「マリーさん。先ほど、マリーさんのフルネームが叫ばれていたようですが……?」


マリーの名前を呼んだのは、このパーティーの招待客が会って話したい美形男性NPCフレデリック・レーンだった。

もう逃げられない。気のせいということにはできないと悟ったマリーはレーン卿を睨んで口を開く。


「レーン卿っ。王様椅子に座って列に並んでくれてるお姉さんたちの相手をしないとダメじゃないですか……っ」


遊園地のアトラクションとか人気ラーメン店に入るための行列のような長い列に並び、自分がレーン卿と話せるのを楽しみにしながら食べ放題のお菓子や料理も我慢して順番待ちをしているのに、突然、列に並んでいない(列に代理で並んでいたけれど役目を終えた)幼女が目当ての美形キャラから話しかけられているのを見たらどう思う?

悠里なら内心でキレる。もう中学一年生になったので、不機嫌に喚き散らしたりはしないけれど、幼女に嫌な視線を向けてしまうかもしれない。


「おうさまいす?」


レーン卿は首をかしげてマリーに問う。彼の艶やかな長い髪が揺れると列に並んでいる招待客の女性たちが黄色い悲鳴をあげた。


「とにかくっ!! レーン卿は!! 椅子に戻って……っ!!」


マリーは1秒でも早くレーン卿を椅子に座らせようと、自分の両手で彼の右手を引っ張って歩き出そうとした。

だが、STR値が低すぎるマリーの力では、大人の男性であるレーン卿を動かせそうにない。


列に並んでいる招待客の女性プレイヤーたちは、マリーがこのワールドクエストを創造した『マリー・エドワーズ』だと知っているので美形キャラと幼女が戯れる姿をおおむね好意的に見つめている。

NPC招待客もマリーが列にいる自分たちにお菓子を配り歩いた幼女だと知って、静観していた。

イヴは、マリーを置いてひとりでアーシャのところに行ってしまった。


「フレデリック」


やわらかなアルトの声で呼びかけられ、マリーに右手を引っ張られながら(でも一歩もその場から動かず)レーン卿は顔だけを呼びかけた声の主に向けた。

1秒でも早くレーン卿を椅子に座らせようと彼の手をぐいぐい引っ張っていたマリーは、レーン卿に歩み寄る人影に気づいて彼の手を離した。


現れたのは、騎士服を着た麗人だった。プラチナブロンドの髪を後ろで一つにまとめた彼女の灰褐色の目は、まっすぐにレーン卿を見つめる。

彼女の左腕の手首には腕輪がない。NPCのようだ。

悠里の幼なじみの圭は真っ先に彼女の豊かな胸に注目するかもしれない。……悠里の憧れの先輩の要は、美人NPCの顔にも胸にも目を奪われないはずだと信じたい。


「ディアナ」


レーン卿が麗人を見つめて名前を呼んだ。

マリーはどうしていいのかわからず、その場に立ち尽くす。

特等席でレーン卿の恋愛イベント的なものを見られるのはわくわくするけれど、シリアスな美男美女に混ざる幼女というのは……気まずい……。


「私という婚約者がありながら恋人選定パーティーを開くというのはどういう了見なの?」


歌うように言うディアナだが、目は笑っていない。美人が凄むと怖いとマリーは怯えた。

そしてうっかりワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』を創造してしまってごめんなさいと心の中で謝る。


「君が王妃殿下の近衛騎士になるという夢を叶えたら、僕たちの婚約関係は終了する予定だった。そうだろう?」


レーン卿がディアナに言う。

マリーが動けずにいるうちにレーン卿とディアナは会話を始めてしまった。

今からでも足音を忍ばせてそーっとこの場を離れる……?

マリーがそう思った直後に可愛らしいハープの音が鳴った。

こんな時にフレンドからのメッセージ……っ!?

一瞬、無視しようと思ったが、もしかしたらユリエルからのメッセージかもしれない。

マリーは口を開いた。


「ステータス」


レーン卿とディアナの会話の邪魔をしないように小さな声でマリーは言い、ステータス画面を出現させた。

そしてメッセージを確認する。メッセージの送り主はアーシャだ。





レーン卿と美女の会話が全然聞こえないから、マリーちゃん実況して!!

イヴと一緒に楽しみに待ってるからね!!

実況内容はウチが列にいる皆に伝えるから心配しないでね!!





実況……っ!!

この状況で!! 逃げることも許されず!! 実況をしろというの……っ!?

マリーは救いを求めて列にいるアーシャに視線を向けた。アーシャがイヴと一緒に笑顔でマリーに手を振っている。

マリーに手を振っているのはアーシャとイヴだけではない。列に並んでいる招待客たちの多くがマリーに手を振っている。

実況を期待されている……っ!!

乙女ゲームが大好きな悠里はレーン卿の恋愛イベントの会話が知りたいという女性プレイヤーたちの気持ちがものすごくよくわかってしまう。

もう、覚悟を決めるしかない……!!

マリーは耳から入ってくるレーン卿とディアナの会話を猛烈な勢いでメッセージに記載する。





レーン卿(レと記載)


ディアナ(レーン卿の婚約者/ディと記載)



ディ「フレデリック」


レ「ディアナ」


ディ「私という婚約者がありながら恋人選定パーティーを開くというのはどういうりょうけんなの?」





マリーはディアナが言った『了見』という言葉の意味がわからなかったので、ただ聞いた通りに『りょうけん』と記載してとりあえずメッセージを送信した。

引き続き、聞いたことをメッセージ送信をする『実況』を頑張ろう……っ!!


***


若葉月25日 真夜中(6時27分)=5月9日 22:27



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