第二百十六話 マリー・エドワーズと真珠は手鏡を見る
マリーは幼女の小さな手でもしっかりと持てる、可愛い手鏡の柄を持って自分の顔を映す。
鏡の中には白いレースのリボンをヘアバンドのように結んだ可愛らしいマリーの姿があった。
「こちらはレイチェル様が幼少時に使っていた手鏡です。レイチェル様からマリーさんへの贈り物だそうです。使い終わったら箱に入れてお渡ししますね」
「箱はいらないです。大丈夫です」
マリーはナナの申し出を断った。簡易包装に慣れたリアル日本人としては、アイテムボックスに入れてしまえば壊れる心配がないので箱はいらない。
「わうー。きゅうん……?」
真珠はマリーがのぞき込んでいる鏡が気になった。
「真珠も鏡を見てみる?」
「わんっ」
マリーは手鏡に真珠の顔を映した。
真珠は初めて見る鏡に興味津々だ。
「ここに映っている白い毛並みが素敵で青い目が綺麗な、白狼の男の子が真珠だよ」
「わんわぅ?」
「そう。真珠。鏡の中にいるのは真珠だよ。今、鏡に映っている真珠が、私がいつも見ている真珠なんだよ」
「わんわぅ……」
真珠は鏡に映る姿をじっと見つめている。
「真珠さんは、今、鏡を初めて見たんですね。私も初めて鏡に自分の姿が映った時は驚きました」
「ナナさんはいつ頃、初めて鏡を見たんですか?」
「この領主館で侍女として働き始めて、初めて鏡を見ました。私は孤児院出身で、鏡を見たことがなかったので本当に驚きました。マリーさんは鏡に慣れていらっしゃるご様子ですね」
「えっ!? ええと、そうですか……?」
マリーは曖昧に笑ってごまかす。
悠里はリアル日本人として、毎日鏡を見ているし、リアルでは携帯用の鏡も持っている。
だから鏡が珍しいものという気がしなかった。
でも『アルカディアオンライン』ではリアル日本では珍しくないものが珍しかったり高価だったりするので、油断できない。
「お仕度が済んだら、ユリエル様のお部屋にご案内します」
「ユリエル様……っ!?」
ユリエルの部屋というのは、ナナに拉致られて連れていかれた、ユリエルがベッドに横たわっていたあの部屋だろうか。
マリーはドキドキしながら、手鏡をじっと見つめている真珠に視線を向け、口を開く。
「真珠。ユリエル様に会いに行こう。ユリエル様から『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を受け取る約束をしてるの」
「わうー。くぅん……」
真珠はもっと手鏡を見ていたかったので項垂れる。
「あとで手鏡をゆっくり見せてあげるから。ね?」
「……わん」
マリーに説得されて、真珠は渋々肯いた。
「わかってくれてありがとう。真珠。じゃあ、手鏡をしまうね」
マリーは手鏡を自分の左腕に嵌まっている不滅の腕輪に触れさせた。
手鏡がマリーの手から消える様を見たナナは目を見張り、小さく息を吐く。
真珠は手鏡がアイテムボックスに収納されてしまったことを悲しく思った。
マリーは手鏡がきちんとアイテムボックスに収納されているか確認しようと口を開く。
「ステータス」
ステータス画面の『アイテムボックス』で手鏡が収納されたことを確認したマリーはアイテムボックスにワールドクエスト『鑑定師ギルドの副ギルドマスターの恋人選定パーティー』のキーアイテムの『招待状』が入っていることを思い出す。
でも今は、招待状の内容を確認することよりもユリエルに会いに行くことを優先しよう。
「クローズ」
マリーはステータス画面を消してナナに視線を向けた。
「ナナさん。私と真珠をユリエル様のところに連れて行ってください」
「承知しました。ご案内します」
マリーと真珠はナナに先導されながら部屋を出た。
***
若葉月24日 早朝(1時25分)=5月9日 10:25
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