第百九十六話 5月8日/強制ログアウト対策をしてからログイン



自室に戻った悠里は自室の机の上に数学の教科書とノートを広げて勉強を始めた。

机の上の邪魔にならないところにスマホを置いて、アラームが鳴ったらいつでもゲームを始められるようにしておく。


悠里は数学がすごく苦手で、苦手意識があるので苦手なのか、苦手意識がなくても苦手なのか、それすらもわからないくらいに苦手だ。

でも苦手だからこそ、勉強しなければ中間テストの結果が悲惨なものになることはわかる。


悠里が教科書の例題を解いていると、コーヒーを淹れたカップを持った母親が部屋に入ってきた。


「あら。本当に勉強してるのね。偉い偉い」


母親はそう言いながら、コーヒーが入ったカップを机の上に置いた。

部屋の中に淹れたてのコーヒーの良い香りが漂う。


「これ、インスタントコーヒーじゃないの?」


「私はインスタントコーヒーでいいと思ったんだけど、お祖母ちゃんが勉強を頑張っている悠里にっておいしいドリップコーヒーを淹れてくれたの」


「そうなんだ。お砂糖とミルクも入ってる?」


「入ってるわよ。お祖母ちゃん、入れてくれていたから。やっぱりドリップコーヒーは香りが違うわよねえ。私はインスタントコーヒーの方が手軽でおいしいから好きだけど」


母親はコーヒーが入ったカップを置いて部屋を出て行く。

悠里は祖母が淹れてくれたコーヒーを味わいながら飲み、アラームが鳴るまで勉強を頑張った。


セットしたアラームを切り、悠里はスマホで時間を確認する。

時間は17:21だ。


「まずい。もうすぐ晩ご飯の時間になっちゃう……っ」


今日のお昼に悠里が頼んだので、晩ご飯は祖母が作ってくれることになっている。

祖母が作るご飯は栄養のバランスが考えてあり、味もおいしい。すごく食べたい。

でも、今、ゲームはマリーの固有クエスト『権利書を取り戻せ!!』が佳境に入っている。

強制ログアウトでゲームの邪魔をされたくない。


「とりあえずお祖母ちゃんに、私は晩ご飯を夜7時に食べたいってお願いしに行こう」


たぶん19:00くらいにはゲームのログイン制限時間になるはずだ。

悠里は飲み終えて空になったカップを持ってキッチンに向かう。


キッチンでは祖母が晩ご飯の準備をしていた。


「悠里。今日の晩ご飯は豆乳鍋にしたわ。野菜もたっぷり食べられるわよ」


祖母が悠里に視線を向けて微笑む。


「豆乳鍋、おいしそう。でもね。あのね、私、昼ご飯を食べたのが遅かったから、まだそんなにお腹が空いていないの」


空になったカップをシンクの端に置きながら、悠里は言葉を続ける。


「それでね、私は夜の7時くらいにご飯を食べたいなって思うんだけど、ダメかな……?」


祖母の顔色を窺いながら言う悠里に、祖母はため息を吐いて口を開いた。


「お腹が空いていないなら、食べられないわね。わかったわ。悠里の分は取っておくから、お腹が空いたら食べなさい」


「やったっ。ありがとう。お祖母ちゃん」


祖母は結局、悠里に甘い。

悠里は祖母に満面の笑みを向けてお礼を言った後、キッチンを出て自室に向かった。


自室に戻った悠里は勉強していた数学の教科書とノートを放り出したまま、ベッドの上にあるゲーム機とヘッドギアの電源を入れ、ヘッドギアをつけた。

ベッドに横になり、目を閉じる。


「『アルカディアオンライン』を開始します」


サポートAIの声がした直後、悠里の意識は暗転した。


***


若葉月22日 朝(2時28分)=5月8日 17:28

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る