第百七十八話 高橋悠里は『真・旨辛紅蓮麺』を食べる
夜中までゲームで遊んでいた悠里は朝ご飯ができる時間になっても起きられなかった。
悠里を起こしに来た祖母は、呼びかけても揺すってもベッドから出たがらない悠里に困り果てて部屋を出て行く。
眠い……。お腹は空いているけれど、起きて朝ご飯を食べるよりも眠りたい。
結局、悠里は昼過ぎまで眠り続けた。
ベッドから出てこない悠里に呆れ果てたのか、昼ご飯ができたと家族が呼びに来ることはなかった。
「うう……んっ」
トイレに行きたくなって、悠里はベッドの中で寝返りをうつ。
お腹も空いたし、そろそろ起きよう。
悠里はのろのろとベッドから出て、トイレに向かった。
トイレを済ませた悠里がダイニングに顔を出すと、母親と祖母がお茶を飲んでいた。
父親と祖父の姿はない。
悠里以外の家族は、もう昼食は済ませたようだ。
「悠里。まだパジャマのままでいるの?」
きちんと洋服を着ている祖母が眉をひそめて言う。
「今の時間までパジャマでいたんだから、今日はもうずっとそのパジャマでいいんじゃない? 洗濯物が減るし」
母親はそう言って、ずずずと音を立ててお茶を飲んだ。
「お腹空いた。私のご飯ある?」
「カニ玉はもう無いわよ。冷凍チャーハンは冷凍庫にあるわ」
「私がなにか作りましょうか?」
「お祖母ちゃん。悠里を甘やかさないでください。この子は寝坊してご飯の時間に間に合わなかったんだから。冷凍チャーハンをレンジで温めることくらい悠里にもできるでしょ?」
「でも、悠里は育ちざかりでしょう? チャーハンだけでは可哀想よ」
「お祖母ちゃん。じゃあ、晩ご飯はお祖母ちゃんが作って」
「そうね!! それがいいわ!!」
悠里が祖母に言うと、母親がすかさず乗ってきた。
母親は自分が晩ご飯を作りたくないのだと悠里は思う。
「わかったわ。あとでお祖父ちゃんと一緒に買い物に行ってくる。野菜が足りないのよね……」
祖父は祖母の買い物に付き合わされることが決定した。
祖母の手料理を食べるためなら、きっと祖父は喜んで付き合うだろう。
悠里は冷凍チャーハンを食べたくないなあと思いながらキッチンへ向かった。
キッチンに入ったその時、悠里は以前コンビニで『真・旨辛紅蓮麺』を買ったことを思い出す。
コンビニで『真・旨辛紅蓮麺』のパッケージを見て『真』の字がかっこいいと思い、それで真珠の名前を思いついた。
「『真・旨辛紅蓮麺』を食べよう」
悠里は電気ケトルでお湯を沸かし、カップ麺を保管してある段ボール箱から『真・旨辛紅蓮麺』を取り出した。
高橋家では段ボール箱に入れているカップ麺を小腹が空いた時に、家族が自由に取り出して食べている。
食べているのは主に父親と祖父だ。
だが、家族で辛いラーメンが好きなのは悠里だけなので『真・旨辛紅蓮麺』を父親や祖父に食べられてしまう心配はない。
悠里はダイニングに戻って『真・旨辛紅蓮麺』をテーブルの上に置く。
母親は『真・旨辛紅蓮麺』の真っ赤なパッケージを見て顔をしかめた。
「悠里。それ辛いラーメンじゃないの。煙が目にしみて、湯気を吸いこんだら咳き込むやつでしょう」
「うん。でもおいしいよ。私、紅蓮麺が好き」
「お祖母ちゃん。私たちはリビングに避難しましょう。辛い湯気が充満したダイニングでくつろぐのは無理よ」
「そうね。そうしましょう」
母親と祖母は緑茶が入った湯飲みを持ってダイニングから退避した。
「紅蓮麺、おいしいのになあ……」
ひとり残されたダイニングで悠里は呟き、カップ麺の蓋を半分はがす。
そして割りばしとお湯を沸かした電気ケトルを取りにキッチンに戻った。
キッチンで割りばしとお湯を沸かした電気ケトルを手にした悠里はお湯をカップ麺に注いで蓋をする。
重しに割りばしを置いた。
割りばしはコンビニで貰って、使わずに取っておいたものだ。
「あとは、三分待つだけ。そうだ。スマホのアラームをセットしよう」
悠里は自室からスマホを持ってきて、ダイニングの自分の席に座り、アラームをセットする。
時間は……スマホを持ってきた時間を差し引いて、2分15秒にする。
「あっ。そうだ。お水も用意しないと……っ」
悠里は辛いラーメンが好きだが、熱くて辛いラーメンを水を飲まずに食べることはできない。
席を立ち、食器棚からガラスのグラスを取り出して冷蔵庫に向かう。
冷凍室から氷を取り出してグラスに入れ、冷蔵庫を開けて2リットルの水を取り出した。
両手が塞がったので肘で冷蔵庫の扉を閉めて、ダイニングに戻る。
ダイニングに戻った悠里は2リットルの水とガラスのグラスをテーブルに置き、グラスに水を注いだ。
……スマホのアラームが鳴る。
悠里はアラームを切って『真・旨辛紅蓮麺』の重しにしていた割りばしをテーブルに置き、カップ麺の蓋をはがす。
辛い湯気が顔に直撃して、目にしみた。
カップの中には真っ赤なスープと真っ赤な麺がある。
具は無い。具を無くして香辛料にすべての資金を投じて作ったと紅蓮麺の開発者がSNSで語っていた。
ぶっちゃけが過ぎると悠里は思ったが、そういうところも含めて紅蓮麺が好きだ。
悠里は割りばしを袋から出して手を合わせ、口を開く。
「いただきます」
悠里は真っ赤な麺を一本だけ割りばしで取り、口に入れる。
辛い!! でもおいしい!!
太くて真っ赤な縮れ麺に真っ赤なスープが絡みついて辛い。
でもおいしい。
悠里は真っ赤な麺を食べて水を一口飲み、それを繰り返しながら食べ進める。
そして真っ赤な麺とグラスの水と氷は綺麗になくなり、後には真っ赤なスープだけが残った。
「……グラスに氷を入れて来よう」
真っ赤なスープを飲む決意を固めた悠里は空のグラスを持って席を立ち、キッチンに向かった。
冷凍室から氷を取り出してグラスに入れてダイニングに戻る。
ダイニングに戻った悠里はガラスのグラスをテーブルに置き、グラスに水を注いだ。
氷が涼やかな音を立てる。
「よしっ。飲もう……っ」
悠里は『真・旨辛紅蓮麺』のカップを両手で持ち、カップの淵に口をつけて真っ赤なスープを一口飲んだ。
スープは冷めてぬるくなっていたが、それでもすごく辛い……!!
すごく辛いけれど、でもすごくおいしい!!
悠里は真っ赤なスープを少しずつ飲み、辛さに耐えられなくなると水を一口飲んだ。
そして、カップはついに空になった……!!
悠里は『真・旨辛紅蓮麺』を完食した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます