第百七十六話 マリー・エドワーズと真珠は盗まれた絵画が戻って喜んだ後、祖母に叱られる



マリーと真珠が『銀のうさぎ亭』に帰ると、宿屋のカウンターには西の門の検閲で見かけた兵士が二人いた。

ひとりはマリーが祖母と一緒に西の森に行く時に出会った下あごに短い髭が生えている男で、もうひとりは西の森から帰ってきた時にマリーと祖母の検閲を担当した若い兵士だ。


「いらっしゃいませ」


「わうっわうわう」


お客様にはとりあえず挨拶をしよう。

マリーと真珠は揃って頭を下げた。


「小さい嬢ちゃんにチビ犬。ちゃんと挨拶できて偉いな」


年長の髭の男がマリーと真珠の頭を乱暴に撫でる。


「小隊長。小さな女の子と子犬の頭をそんな風に乱暴に撫でたらダメですよ」


若い兵士に窘められ、小隊長と呼ばれた男は肩を竦める。

マリーは乱れた髪を手櫛で整えながら、若い方は女ごころがわかると評価した。

兵士たちの相手をしていたのは祖母だった。


「マリー。真珠。あなたたち、部屋にいたんじゃなかったの?」


「ちょっと散歩に行ってたの」


「きゅうん……」


西の森の最奥のさらに奥にある『孤王の領域』まで行ってきたのだ。

『ちょっと』の距離ではない。

マリーの嘘に、真珠の心は罪悪感でいっぱいになった。


「兵士さんたちは、うちに泊まりに来てくれたんですか?」


祖母の気を逸らすために、マリーは首を傾げて男たちに問いかける。


「いや、盗難届が出ていただろう? 花瓶は売れちまったが、絵は取り戻したから持って来たんだ」


「盗まれた絵が戻ってきたの!? すごい……っ!!」


マリーは嬉しくて笑顔になる。真珠はマリーが嬉しそうにしていることが嬉しくて尻尾を振った。

ワールドクエスト『狼王襲来・港町アヴィラ攻防戦』が達成されて家族みんなで『銀のうさぎ亭』に帰ってきたら、泥棒に入られていたのはショックだった。

マリーは荒れ果てた室内を見て、悲しさをこらえきれずに大泣きをしたことを思い出す。


「兵士さんたちが探してくれたの? ありがとうございます……!!」


「わぅわううわううわ!!」


「俺たちだけの力じゃねえよ。領主様が鑑定師ギルドに依頼してくれて、俺たち兵士と一緒に鑑定師が盗まれた品物を探してくれたおかげで盗品を売っている店を見つけることができた」


「僕は今回、初めて鑑定師と仕事をしたけど、彼らはすごいね。鑑定スキルのおかげで店で売っている品物が盗品だと確定したんだよ。そうでなければ店主に言い逃れをされるところだった」


小隊長の言葉を若い兵士が補足する。


「それで、泥棒は見つかったんですか?」


祖母の問いかけに、小隊長はため息を吐いて口を開く。


「それが、まだなんだ。すまないな」


「引き続き、盗品を探しながら泥棒を探すのでもう少し待っていてください」


「よろしくお願いします。兵士さん」


祖母が兵士たちに頭を下げたので、マリーと真珠もそれに倣って頭を下げた。

兵士たちはマリーたちに挨拶をして『銀のうさぎ亭』を出て行く。

マリーと真珠が笑顔で兵士たちを見送っていると、祖母に怒られた。


「まったく、マリーと真珠はこんなに小さいのに夜に出かけてっ。それに、突然、領主館に出かけてしまうなんて、心配するでしょうっ!?」


「ごめんなさい……」


「わうんわわう……」


祖母の怒りはもっともだ。マリーと真珠は項垂れた。

その後、祖母の小言を神妙な顔で聞き、真珠の足を拭くための濡れた布巾を用意してもらって、マリーと真珠はベッドのある部屋に向かった。


マリーと真珠はベッドのある部屋に入る。部屋の中は暗かったのでライトで光の玉を出現させた。

部屋には両親の姿はない。まだ仕事をしているのだろう。

マリーは真珠を抱っこしてベッドまで歩き、真珠をベッドの上で仰向けにした。

そして、真珠の足を濡れた布巾で拭く。

真珠の足を拭き終えた布巾は畳んでマリーの机の上に置いた。

アイテムボックスから木靴を出して床に置き、ブーツを脱いで木靴に履き替える。

それからブーツをアイテムボックスにしまった。


「勇気のバッジも外さないとね」


マリーはワンピースの右胸からバッジを外して左腕の腕輪に触れさせ、それから髪に結んでもらったリボンを解いて左腕に触れさせる。


「これで、しまい忘れはないよねっ」


「わんっ」


ベッドの上でお座りをしてマリーを見守っていた真珠はマリーの言葉に肯いた。

マリーは真珠に微笑んで肯きを返し、そしてワンピースを脱いで寝巻に着替える。

脱いだワンピースは畳んで、濡れた布巾の隣に置いた。


「寝る準備、完了っ」


マリーはベッドサイドに歩み寄り、木靴を脱いでベッドに入る。

真珠もマリーの隣に潜り込んだ。


「真珠。今日は楽しかったね」


「わんっ」


「寝て起きたら、また遊ぼうね」


「わんわんっ」


マリーは真珠を撫でて抱きしめ、それから目を閉じる。

そうだ。ログアウトではなくリープにしよう。

そう思いながらマリーは口を開いた。


「リープ」


マリーの意識は暗転した。


***


若葉月19日 夜(5時45分)=5月8日 2:45



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